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不条理音盤委員会 595 Dome 「Dome 3」
- 2009/01/02(Fri) -
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「ロックでなければ何でもよい」という名言を吐いたWireのGraham LewisとBruce GilberからなるDomeの音はどう聴いてもロックである。そして3枚目にいたって究極に達する。
インダストリアルな音であるという前提を抜きにしても、あるいは単調な音響工作であるという欠点を除いてでもある。即興的なフレーズも機械的なビートも音楽の文脈を踏まえながら、しっかりとダイナミズムを形成しているのである。
意識的に感情を押し殺し、表情を無くしたふりを装いつつA.C.Mariasは呟くように、そしてパルスといった一体化したように歌う。それは聴く者を突き放しているようかの思えて、実は近寄った瞬間に捉えて離さない誘蛾灯のようなものだ。
Daniel Miller(社長だ!)の吹くサックスは明らかにある種の人々を軽蔑している。テクニック至上主義とかロックに熱狂を求める人を嘲笑するかのようにサックスを響かせ、その音はどこまでも陰鬱である。
Eric Radcliffeのギターには疎外感がある。音の一つ一つに寂寥感を漂わせ、人間の孤独を表現している。
Russel Millsの声とパーカッションは崩壊を前提としている。延々と続く豊穣な音の群れが壊れては消え、また現れては飛散していくといった具合に。。。。
そんな中でGrahamとBruceは微笑を浮かべながら音を重ねていく。淡々と、淡々と。。。。
信号化されたサウンド・コラージュは無機質にも思えるが、そこにはしっかりと情念が横たわっている。退屈と単調と予定調和の末に何を想うべきかを提示してくれている。それは悲劇でもあり喜劇でもある。そして予測されていた結末でもある。
モノクロームに見せかけた音像世界にJohn Fryerがほんのわずかにペイントを施す。可視限界にまで薄められた淡い色を見るために人は接近する必要がある。そして、それを認識した途端に真実を見失ってしまうのである。
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