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不条理音盤委員会 577 稲葉喜美子さんに関しての2・3の覚書
- 2008/06/13(Fri) -
小さな街のレコード店には思いがけないものがあるんだよ、とその人は言っていた。
それで、街歩きの一番最後は必ずレコード屋だった。地方のレコード店は大抵レコード以外に時計や宝石やカメラも一緒に売っていて品揃えが多いとはいえなかったが、多分、その人はレコードを見ること自体が好きだったんだと思う。そして家に戻ってきてからはそんな風に買った際の「XXレコード」とか記されたビニール袋を丁寧に折りたたんで机の一番下の引き出しに大事そうにしまっていたのだ。
そういうわけで、稲葉喜美子さんのアルバムはそんな街先で買ったのだと記憶している。80年代中盤から90年代前半にかけて活動していた彼女のLPの全てを持っているわけでもないだが、その可愛らしくもちょっと掠れた独特の声で歌われるブルージーな世界の中で物語られる女たちの風景は極めてモノクロームに近いようなものだと今も思う。そんな重苦しい世界観からはよく山崎ハコさんと比較されているようで、実際ハコさんの夫である安田裕美氏がアレンジやアコ・ギでクレジットされていたりするのだが、ハコさんの歌がセンシティヴなものであるのに対して稲葉さんの歌はもっとストレートで、赤裸々だったり、辛辣だったりするような気がする。登場人物に仮託させた自分の想いや心情が剥き出しのまま音になっているのである。
一般的には4枚目の「朝未明」の人気が高いようなのであるが、個人的には2枚目の「燃えてそうろう」が好きである。何といっても自分の愛した男が死んで焼かれていく様を「燃えてそうろう」と歌っているのである。無に帰結していく姿を心に刻まんとする際に人はどんな風に思うのだろうか?と考えさせられる。シングル・カットもされた「川花火」のようにメルヘンティックな前半部から現実に引き戻されるような歌詞も好きであるし、淡々と切ない心情を綴った「電話」や何気ない風景を切り取った「願い事」といったシンプルな曲にも味わいがある。普通のニュー・ミュージック風からちょっとジャジーだったり、「夜汽車」のようにボサ・ノヴァっぽいリズムを借用したりと徐々にアレンジ面が変化していったのではあるが、その中心にあるいわゆる「情念」のようなものは失われてはいなかったように感じる。
「男のひとはからだ開かなきゃ 愛していると云ってくれないものらしい」と稲葉さんが歌っている「男のひとは」は彼女が高校生の時に作った曲らしい。その歌詞が実体験なのかあくまでも創作なのかは知る由もないが、そんな悟りきったような諦観がつまったアルバムは時代を経ても心に沁みてくるような印象すらある。



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