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深夜徘徊支援事業団 70 「海炭市叙景」
- 2011/05/09(Mon) -
みなさん、こんにちは。
片桐真央がやる気がないというので、今回は深夜徘徊支援事業団第4小隊の松原珠理が担当します。
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似た人がいますが、多分別人でしょう。。。。と疑惑を否定する松原さん

取り上げるのは「海に囲まれた地方都市『海炭市』に生きる『普通のひとびと』たちが織りなす十八の人生」。あるいは「海に囲まれた小さな町で育まれる、ひとびとの絶望と希望」というコピーで紹介されている佐藤泰志氏の遺作となった連作短編集「海炭市叙景」です。
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この作品を原作とした映画がひそかに話題作になっているようで、気にはなっていたのですが、折しもいつもお世話になっているゆうけいさんのBlogでレビューされていたので、それに後押しされて読んでみました。
震災前に読了してはいたのですが、再読してみてどこか今の街と共通するようなところが感じられてしまったので、片桐を差し置いて私が登場したというわけです。
既にゆうけいさんをはじめ多くの方々がレビューされているとおりに、この作品は函館をモデルにしていて、そこで生きる人々の生活を淡々とした文体で切り取ったものです。そしてその底流に流れているのは都市の衰退と発展という矛盾した環境にあって、どうしようもないやりきれなさ、閉塞感というものに直面しながら何とか抗こうとする試みというのもまたご承知のとおりです。

一読してわかる通り、第一章「物語のはじまった崖」と第二章「物語は何も語らず」では微妙にトーンが違います。
第一章の冒頭に置かれた「まだ若い廃墟」が炭鉱を解雇された青年とその妹、そして兄の遭難死が題材になって、そのまま第一章を構成する9つの短編に陰影を添えているのですが、これは単なる死を扱ったものではなく、メタファーとして海炭市の衰退と周辺部に拡大することへの戸惑いをも表現しているように思えます。そしてその現状にままならないいらだちを各話の主人公は家庭の問題や仕事の問題といったごく些細な問題と関連づけて悩み苦しんでいる。あるいは恋に熱中することや孫が生まれるということで無理やり黙殺しようとしている、そういった感があります。
一方で春を迎えて語られる「物語は何も語らず」では前章での徹底されたモノトーンの文体とはやや異なって、ほんのわずかながら色づけが施されているように思えます。諦念のようなものは相変わらず通奏低音の如く響いていますが、どこか未来を見据えたような人物像が浮かびあがってきます。ある意味で前向きともいっても過言ではないでしょう。
特に最終話の「しずかな若者」に至ってはこれまでとは違った普通の青春小説のような仕上がりです。

単行本刊行の際に寄せられた福間健二氏の「季節のめぐる一年間という全体のまとまりと物語の配置のバランスをどんな方向に意味づけようとしていたのか。それを知りたいという気持ちは残る」というのは読者の共通の思いでしょう。
しかし、あくまでも個人的な意見になるのですが、福間氏の語るように「いつでも終われるような態勢にいた」とは思えないのです。おそらく佐藤泰志氏は書けなかった、のだと思います。正確には物語を創作しながらその限界点を常に意識し続けた、ということになるのでしょうか。。。。
海炭市は徐々に肥大化して、新しい街へ生まれ変わろうとしている一方で、中心部の旧市街地は空洞化が進んでいることがこれまでの物語に散りばめられています。おそらく描かれたであろう「夏」の各話ではより一層煌びやかになった街の様子や港まつりといったものが織り込まれていったと思います。そしてそれが過ぎ去った「秋」の各話ではそれによってさらに空虚となった人々が描かれていったのではないかと推定されます。
極端な言い方になりますが、街の姿こそは大きくなっていきますが、そこで暮らす人々は古くからの絆を失ってしまい、停滞を続け、ますます心理的に孤独になっていかざるを得ない、そういったことに佐藤氏は気づいてしまったために敢えて筆を擱いた、とも考えられます。そしてその中に自分もいるということに。。。。
ま、極端な意見を述べてしまいましたが、この連作集にはしみじみとした魅力があります。それはごくごく普通の街の、ごくごく普通の人々の生活を描いていて、いつでもこの中の登場人物と読者自身が置換できる可能性を秘めていて、文庫版解説の川本三郎氏の言うように「自分の住んでいる町と、そこで働きながら生きている人々のことを愛おしくな」ってくるような心に静かな波紋をもたらしてくれるような味わいと温かさが込められているような気がします。

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コメント
- Re: タイトルなし -

>ゆうけいさん、コメントありがとうございます。

> さすがの筆力と洞察力、感服いたしました、珠理さん(w。映画は見損ねたままなので、レンタルDVD屋さんに並ばないかなあと心待ちにしています。
…ま、珠理が思いついたことを勝手にベラベラ喋っているだけなのですが、さすがにこの連作集はいい味わいを与えてくれるのと同時に、今の自分にはある意味ズキズキとくるものがありますね。
この凄まじいまでの透明な閉塞感のようなものが、淡々と綴られているだけでも称賛に値すると思います。

…映画では例の兄妹が中心となって展開するようなので、かなりモノトーンな雰囲気が保たれた作品に仕上がっているようですね。自分もレンタル待ちです。

PS.時々、ゆうけいさんが取り上げた映画の原作本のレビューが載ります。
完全に後追いですが、ご容赦&ご笑覧ください。

2011/05/09 23:25  | URL | Mao.Katagiri #-[ 編集] |  ▲ top

- -

さすがの筆力と洞察力、感服いたしました、珠理さん(w。映画は見損ねたままなので、レンタルDVD屋さんに並ばないかなあと心待ちにしています。
2011/05/09 10:27  | URL | ゆうけい #PrUf/QBU[ 編集] |  ▲ top


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