不条理音盤委員会 

 即物的快楽を追及するBlog
 


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シカゴをベースとして活動している男女フォーク・デュオBorn Hellerの片割れであるJosephin Fosterが2005年に発表した1stソロ・アルバムです。もっともユニットとして2004年に1stアルバムを出し、その直後にThe Supposedとの共同名義でサイケデリック・ロック的なアルバムを発表していますので、わずか2年ほどの間に3枚ものアルバムを制作したことになります。もっともこのアルバムではBorn Hellerのような内省的な音でもなく、無論ロック的なものでもない、彼女自身のギターと歌声をメインにハープやウクレレ、シタールといったアコースティックな音色を重視したアシッド・フォーク風の音作りになっています。個人的にはこの人の歌声はKate BushやDagmar Krauseに通じるような巫女系ヴォイスだと思うのですが、その独特のハイトーンでかつビブラートを多用したスタイルは天性のものであるが故にその気品と崇高さには一般の人が聴くとちょっとたじろいでしまうかもしれませんね(笑)
ドローン風に奏でられるフレーズをかいくぐって流れてくるセイレーンの如き歌声は、その独特のメロディー・ラインもあって一種シャーマニティックにも響き、また呪術的でもある非常に魅力的であり、また近寄りがたい雰囲気も内包しているのですが、単なるアシッド・フォークというよりはやはり土俗的な雰囲気も感じます。またハープの使い方はどこか中世やルネサンスの世俗歌謡に通じるものもありそうで、多彩な音楽的な引き出しから引用され組み合わされた末に、こういった音が構築されるというのですから、このJosephine Fosterさんの日常はどこか浮世離れしているのではないかとすら勘繰ってしまいます。まったくポップではないのに、心が震えてしまうような表現力をもった彼女のこの作品は深層心理すら揺さぶる究極のサイケデリアなのかもしれませんね。

試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/search/xx/music/pid/6842433/a/Hazel+Eyes,+I+Will+Lead+You.htm




     
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Prefab SproutとDurutti Columnをこよなく愛するmattsmoodさんのところでも紹介されていたアルバムです。
アルゼンチンの過激パフォーマンス集団デ・ラ・グァルダの「Villa Villa」の音楽を担当していたGaby Kerpel氏の1stソロ・アルバム「Camabailito」はエスニックな要素とエレクトロニクスを融合させたキッチュな感覚に満ちたトイトロニカ風の作品に仕上がっています。元々父親の影響もあってロック・バンドから音楽的なキャリアをスタートさせたようですが、表現の幅を拡げるために前衛パフォーマンスや映画音楽に徐々に関わっていくようになったとのこと。彼が言うには、とくに民俗音楽的なものには関心や興味はなかったらしいのですが、リズムの組み方やメロディ、使用楽器(サンプリング?)に至るまで南米独特の郷愁があふれているように感じられるのは、彼の企てたヒプノティックなサウンド・ワークの術中にまんまとはまってしまったということでしょう。
とぼけたような歌声と共に似非っぽいフォルクローレ風のメロが聴かれる「Sé que no Vas a Volver」、テープの逆回転のようなループ・サウンドが幻惑の世界に導く(アフロっぽい雰囲気あります)「Herías sin Herir」、祈りを連想させる「Seguís Sin Volver」、パーカッションやストリングの絡ませ方がインドを意識したかのような「Deseo y Culpa」、 呪文のようなヴォイスにムーディーな木管系の音が重なる、ちょっと不安を煽り立てるような「Budapestation」、XTCがオルタナ・ロックをパロディー化しているような「Xplicámelo」、ホーンも挿入される割とストレートなラテン・ロック調の「Cada Vez que la Visita」、Steve Reichのミニマル的な手法そのままに短い言葉が幾度となく繰り返される「Casi te Canto」、幼女?が呟きに近いような歌を聴かせる不可思議な「Gabytok」、軽やかなヴァイオリンとマリンバ風のシンセの対比が色鮮やかな「Toritos」、乱打される鳴り物がギクシャクとしたリズムで畳みかけてくる「Sintenerte」、 人力ブレイク・ビーツ+ボサ・ノヴァといった「Carnabailito」までポップさと実験性が適度に入り乱れた極めてひねくれ系の音に仕上がっているのですが、その至るところに見え隠れする光と影の絶妙なバランス加減の中に、ラテン・アメリカ諸国が背負っている宿命のようなものを感じ取ることが出来るのではないかとも思います。一種の試金石のような作品だという印象もあります。。。。。

試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/search/xx/music/pid/6134502/a/Carnabailito.htm




     
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なんだかんだ言っても、どんなジャンルでもお姉ちゃん&美声好きの片桐と言います。
先日hello nicoさんのところでイスラエルのサイケデリック・トランス・ユニットのINFECTED MUSHROOMが紹介されていましたが、彼らやAstrix、Beat Hackers、Sub 6といったユニットの周辺で美しい声を聴かせてくれているイスラエルの歌姫(現在はロンドン在住らしいですが。。。)Michele Adamsonさんのソロ・デビュー・アルバムです。もっとも声よりもこのジャケットでイケる筈!と思って買ったのですが・・・滝汗。参加しているユニットからギンギンに捻じ曲がったトランスが展開されるかと思いきや、ダブやエスノそして勿論トランスをもバランスよくミックスさせながら、それでいて程よくチルアウトできる歌ものアルバムとしても楽しめる一枚で、ポップとサイケが奇妙に融合した何ともつかみどころのな、ありそうでなさそうな不思議なさじ加減に陶酔してしまう作品に仕上がっているのでは。。。。
Shiela Chandraでおなじみのタブラ・ボウルを含むインド感覚の音がスペイシーに展開される「Gouchin out」、アフロっぽい打ち込みの音にダブのエッセンスをつめこんだ「Bouncing ball」、アンビエントなダブル・ヴォーカル・ナンバー「Tricky」、ドリーミーなブリストル風サウンドの「Move in」、ファンキーなギターのカッティングとアコ・ギの響きが交錯する「Stranded」、原色系のサイケデリック・サウンドを背景にゆったりとしたメロを綴っていく「Phantom Clarity」、ボサ・ノヴァを意識したようなラテン系の音の組み立てが清涼感いっぱいの「Bass Junkie」、グニュグニュした音の使い方が心地よいトランス風の「Seventh son」、オルタナ・ファンク+エレクトロニカといった感のある「Weird」、レゲエ・タッチのキラー・チューン「Fell Free」、ダークなトランスぽい(というかもろサイケデリック・トランスかも・・・汗)「Flutterby」、ちょっとアヴァンギャルドな音も飛び交うテック・ハウス風の「Fortean」、クラシカルなストリング(サンプリングでしょうが。。。)を従えた「Stuck on you」、やはりブリストル風の「I see myself」まで様々に趣向を凝らしたサウンド・ワークの中を、自由に舞うようなMichele Adamsonさんの歌が楽しめると思います。このアンニュイともいえそうな声で歌われるメロディーは先鋭的な音響工作とは異なって、案外正統的なSSW的なもののように聴こえてくるといった印象もあります。何はともあれ、湿気が多くて蒸し暑い日々を快適に過ごすにはピッタリの一枚では。。。。??

試聴音源はこちらから
http://www.psyshop.com/shop/CDs/age/age1cd042.html



     
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与太郎、いませんでした。。。。

(天の声)

「あんたや!あんたのことやで〜!」

     
麺類と並んで好きなものの一つにカレーというものがあって、西欧風のものであろうと、インドネシア風あるいはタイ風グリーン・カレー、はたまたカシミール・カレーなどとそれぞれお気に入りの店があったりして、そういった店の自慢の一品を食べていると妙に極楽気分を覚えてしまう片桐と言います。

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というわけで、異国ポピュラー音楽館の管理人kisaraさんに教えてもらったアルメニア出身のLia Kuroyanさんの今年発表されたアルバム「Khoir、Khoir」です。アルメニアのポップス・シーンに関しては詳しいわけではないのですが、Radio YerevanやWeb RadioのYerevan Nights.Comなどを聴いていると、立地条件や歴史的背景からペルシアン・ポップやチュルク・ポップに近い印象も感じられるエキゾティックな雰囲気とダンス・ミュージックを融合させたものが多く流れ、これまたエスノ系の琴線を刺激する音なのですが。。。ま、個人的にはこういった音にも弱いわけで、さらにこのジャケであることも含めてついついハマってしまうのですが・・・滝汗Like ナイアガラ。
で、Liaさんはkisaraさん曰く、「日本の『ギャル』もしくは『ヤンママ』みたいなケバいジャケットに、思わず目が入ってしまいました。こんな感じの人・・・近所に居そう。 (笑)」という名言を発しているのですが、まさにこんな感じの人が職場にいて、ついつい笑い出しそうになってしまうのが困りモノ(謎)。しかしながら、このイケイケ風(死語)の風貌とは異なってLiaさんは伝統歌唱の影響も感じられるやや太目の声で情熱的に歌っているのですから、そのギャップにちょっとタジタジとなったりもしますが。。。。。Dudukの音に煽られるが如きポップかつエスノな雰囲気満点の歌謡曲といったおもむきの「Siroum Em Kez」、ブリッジ部の変拍子や挿入されるエレ・ピ(マレット?)やクラリネットが印象的な「Krakot Achkere」、ペルシアン・ポップのテクノ的な解釈のようなキーボードとチープなストリングの対比がいかにも、といった感を覚えてしまう「Khosir – Khosir」、ロマンティックなオケを従えて朗々と歌い上げていく「Asa Vorgan」「Nerir Indz」、ちょっとレゲエっぽいリズムと次々に転調を繰り返していくチュルキッシュ風の歌メロが斬新に聴こえてくる「Kanchoum Em」、チュルク・ポップにZoukをまぶしたような「Tsnund d Shnorhavor」、Yerevanの夜に相応しいようなお洒落なラウンジ・タッチの「Dan Kez Sern Im」、ペルシア〜中央アジアのポップでよく聴かれる数え歌風のシンプルなフレーズが繰り返される「12 Amis」、大仰に盛り上がっていくようなバラード曲の「Mortsir Lsel」まで、割とオーソドックスなダンス・ビートにのったLiaさんの艶のある歌声が楽しめるアルバムだと思います。
特筆すべきはキーボードの音でしょうか。。。初期のデジタル・シンセのプリセット音をそのまま使ったような音色(意識的なのでしょうか?)にはちょっと驚きました。

試聴音源はこちらから
http://www.russiandvd.com/store/product.asp?sku=45104&genreid





     
先日、「夏限定のお菓子をデパ地下の食品売り場を中心にむさぼりたいな…」と宣っておられたパイクマンお嬢様へのお薦めの一品。

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銀座を中心に10店舗を展開するキルフェボンさんの「フルーツトマトとチーズのタルト」です。コクのあるチーズとちょっと酸っぱいトマトのムースの上に程よい甘みの苺とフルーツ・トマトが綺麗に並んでいます。清涼感と爽快感が口いっぱいに広がる極上のスウィーツであります。7月中旬までの期間限定だそうです。


     
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南アフリカ生まれでスコットランド育ちのBill DrummondことWilliam Ernest Drummondといえば、アンビエント・ハウスの創設者として名高いThe KLFのメンバーというのが一般的なのですが、元々はBig In JapanのメンバーとしてHolly JohonsonやBudgie、Ian Bloudieという豪華な面子と共にその音楽的なキャリアをスタートさせたわけで、解散後はDavid Balfeと共にZoo Recordsを設立し、そこからEcho & The BunnymenやThe Teardrop Explodesから旅立っていたというのは有名な話で、Julian Copeの2ndアルバム「Fried」の中で「Bill Drummond Said」という曲があるようにJ.Copeとは悪友の仲なのであります。
この「The Man」はそんなBill Drumondが1986年に発表した唯一のソロ作品でAllan Macdonald、やDavid &Robert McComb というオーストラリアのThe Triffidsのメンバーのサポートを受けながら、スコティッシュ〜リバプールに通じる繊細なロック感覚とカントリーやフォークといった大らかなセンスをうまく融合させたSSW風の出来に仕上がっています。カントリー・タッチのロカビリーといった雰囲気の「True To The Trail」「Married Man」、ピアノの荘重な響きを背後に朗々と歌い上げ、サックスのブロウがセンチメタルさを煽るというリバプール勢にしてはやや意外な感じもする「Ballad For A Sex God」、とぼけたケルティック・トラッド風の「Julian Cope Is Dead」、ブラスやハモンド・オルガンも導入したThe Mighty Wah!風の「I Want That Girl」、シンプルなリバプール風ポップ「Going Back」、スライド・ギター風の音色が不思議に穏やかな印象を与える「Queen Of The South」、逆説的なタイトルにBillのシニカルな姿勢を覚える「I Believe In Rock And Roll」、Teardrops風のメロに自虐的な歌詞がかぶる「I'm The King Of Joy」、アフロっぽい演奏にのせて自伝的な歌詞が歌われる「Son Of A Preacher Man」、メインのナレーションに前衛的でもあり、宗教的でもあるサウンドを重ねていった「Such A Parcel Of Rogues In A Nation」まで、シリアスな雰囲気を感じるジャケットとは裏腹に一筋縄ではいかないような音が次々と流れ出てきます。またちょっとクセがある野太い感じのBillの歌声もまた耳について離れないといった独特の感覚に満ちあふれているという印象があります。

試聴音源はこちらから
http://mp3city.com.ua/download-item/75153.html





     
その店は商店街の一角の雑居ビルの地下1Fにあった。
地方都市にしては割と洒落たセンスだったと思う。
その人と会うときは大抵その店だった。
今は珈琲と言えばモカ・マタリなのだが、当時はその店の深煎りされたマンダリンの苦味と酸味のバランスとコクの豊かさにハマっていたのである。もっとも珈琲よりは紅茶が好きなその人はいつもアール・グレイを飲んでいた。

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Yesの「Drama」というアルバムはプログレ好きにとって踏み絵のような作品である。もちろんJon Anderson不在で、その代わりにTrevor HornとJeff Downesが加わったという点である。
確かにJonの持っていた叙情性やリリシズムのようなものは欠如しているだが、The Bugglesの二人が持ち込んだポップなアプローチと従来のスリリングでテンションの高い曲のダイナミズムがうまくまとめあげられていると思う。
Steve Howeが水を得た魚のようにギターを弾きまくる重厚なテクノ叙事詩の「Machine Messiah」、The Bugglesのアルバムの中に入っていても不思議ではないポップな小品「White Car」、ドラムの音とベースに導かれて絡みつくシンセサイザーの煌びやかな音が従来のYesの持っていた荘厳さや重厚さというイメージを見事に払拭したような感のある「Does it Really Happen?」、NWにも通じるようなクリアな音に処理されたテクノ・プログレの「Into The Lens」、従来のスタイルを同時代的に再現させた立体的な音の展開が素晴らしい「Run Through The Light」、ストレートなリズムにメロディックなフレーズが絡み合いながら徐々に昂揚感を沸騰させていく「Tempus Fugit」まで、多少大仰に作りこまれた音の背景には明らかにToToやJourneyといったアメリカン・ハード・プログレ、ひいてはコマーシャリズムを意識していたのではないかとも思わるのだが、その独特の電子音とS.Howeのギターの組み合わせによる浮遊感のようなものが心地よいと思うのである。
「私としてはSteve Howeのギターが聴こえてくるだけでYesだと思うんだ。」
その人は制服のリボンを弄びながらポツリと言った。
そんな言葉を裏切るかのような「Owner of Lonely Heart」でYesが世界的にブレイクするとは夢にも思っていなかった頃のひとコマである。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.co.jp/Drama-Yes/dp/B000002J23


     
ゆうけいさんのところの「80年代邦楽ベスト25(1)学生時代編」という素晴らしいセレクションの中で吉田美奈子さんの「Monsters In Town」がセレクトされていたので。。。。

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“Funkの女王“という異名をほしいままにした吉田美奈子さんだったのですが、キャラメル・ママ〜ティン・パン・アレーを従えた初期も、この凄腕の面子と共にグルーブしていた時期も彼女が歌っているときの細やかな感情のうねりや織り込まれている表情の豊かさは、自然体のように感じられ、そこに何かスピリチュアルなものさえ覚えてきます。ゴージャスに聴こえるようなこのアルバム「Light’n Up」のところどころに綴り織られている一抹の寂寥感のようなものは、根底で明日への希望のようなものへとつながっていくような気がするのです。
David Sanboronの煌くようなサックスの音色に気分が一気に昂揚していくコンテンポラリーな「Light’n Up」で幕を開け、メロウで艶やかなミディアム・テンポの「頬に夜の灯」、タイトなリズムに松木恒秀、土方隆行といった性格の違う2本のギターが絡みあう「Love Shower」、ハスキーがかった岡沢章の声とクリアーでハイトーンの美奈子さんの声が切ない歌詞を夢心地なサウンドにのせて歌う「風」、2台のピアノによるゴスペル・タッチの「MORNING PRAYER」、Michel Bleckerのスリリングなソロも印象的なゆるやかなグルーヴがうねってくる「斜陽」、オルガンとギターが醸し出す雰囲気が都会の湿度を十分に感じるバラードの「時の向こう」、そして思い切りブギ・テイストの「ALCOHOLLER」まで、その声の美しさに魅入られ、その音の華麗さに思わず幻惑されてしまうような錯覚を覚えてしまいます。
あくまでもファンクは都会というもののメタファーに過ぎず、そこに潜む多くの甘美なものを象徴している、と言うがごとく美奈子さんは軽やかに歌い、聴くものに同等の自由と誠実さを要求し、彼女の歌は全方位に開かれ全てを肯定しつくすほど優しいのです。とても透明な音楽だという印象さえあるのです。。。。。。



     
先日麗しの姫君パイクマンさんのところでメキシコのボレーロのコンピが紹介されていたので。。。。
19世紀にキューバ東部で発生したといわれているボレーロはその源流にハバネーラがあるようなのですが、キューバ本国よりもメキシコやプエルト・リコでスイートなラブ・ソングとして大流行しました。

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このVirginia Lopezさんもプエルト・リコ出身のボレーロ歌手で、活動拠点はメキシコが主だったようで、50〜60年代には多くの男性歌手と並んで人気があった方らしいです。この2枚組CD「Grandes Exitos de Virginia Lopez」はAmazonではものすごい値段で中古盤が売られていますが、彼女のRCA時代のアルバムから選曲されたゆったりとしたリズムにのったしなやかで甘い歌声には速攻でKOされること間違いなしでしょう。

試聴音源はこちらから
http://www.artistdirect.com/nad/store/artist/album/0,,122284,00.html

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上のVirginia Lopezさんとほぼ同時期に活躍し、日本国内でも「メキシコの恋人」として人気を博したのがMaria Victoriaさん。こちらの「Estrellas Del Fonografo」も2万円近くで取引されているようですが、ゴージャスな雰囲気のラテンムード歌謡といった印象で、これまた美しい歌声にKOされるのは確実でしょう。

試聴音源はこちらから
http://www.artistdirect.com/nad/store/artist/album/0,,269456,00.html



     
何故この曲が「Pop Muzik」の次に出てきたかは皆様ご存知のとおりです。
80年代&MTV世代としては、映画とタイアップした曲が流行しているという事実を見逃すわけにはいかないわけで(爆)、84年に全米1位を記録したこの曲もまた映画の主題曲でしたね。
映画のアホらしさをそのまま音楽に翻訳したような能天気なポップ・ソングが当時のディスコではバカウケでした(涙)。




     
普段JTさんにはお世話になっているもので。。。。
これまた言わずと知れたテクノ・ポップ&一発屋の代表ともいうべき名曲でしょうね。
Robbin Scott率いるMが1979年に発表したこの曲は全米1位、全英2位という記録を残しました。
一発屋のイメージが先行していますが、Mとしてのオリジナル・アルバムは4枚。3rdアルバムでは高橋幸宏、Thomas Dolby、Andy Gill(GANG OF FOUR)、Tony Levin(KING CRIMSON)、Mark King(LEVEL42)等の豪華なメンバーをそろえての一大UKニュー・ウェーヴ絵巻を展開したのですが、どうも地味な曲調と凝りすぎたスタジオ・ワークのためか全く売れませんでした(笑)。
でもね、Robin Scottは1969年の「Woman From The Warm Glass」というアルバムでのアシッド・フォークぶりは結構よかったんですよ(涙)。



     
言わずと知れたテクノ・ポップの名曲。
発表は1979年8月ですが、まさに80年NWの魁といって間違いない曲です。
MTV開局直後の第1発目のPVがこの曲だとか、それを撮影したのがRussel Mulcahyとかいうのは散々トリビアされているのでご存知かと思いますが、このThe Bugglesの1stアルバム「The Age Of Plastic」にはこのバンドの正式メンバーとして日本人が参加していたのはご存知でしょうか(笑)。




     
某社のCMで流れていて懐かしいなぁ〜と思ったのがこの「シスコはロックシティ」。
めちゃ笑う邦題で、しかも「産業ロックに身を売った」「銭ゲバ!」と従来のファンからは罵詈雑言の洗礼を浴び、ついには「歌詞があまりにも愚か」という理由で「編集者が選ぶロック史に残るワースト・ソング」やらで堂々の1位に輝いたという異常なほどマイナスのイメージが多いこの曲なのですが、売れました(爆)。1985年にヒット・チャートでも1位を記録しているのです。



     
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その人のレコード棚にはとにかくロックやクラシックのLPが分類もされず無造作に突っ込まれていて、自分でも訳がわからなくなったりしていたりしていて、当然そういったものの中には自分が持っていないものが数多くあり、そんなコレクションの中からいろいろとテープに録音してもらったものも少なくない。何故その人がそんなにLPを持っていたかという理由はあるのだが、それは極めて私的な事情なので言及しないのであるが、自分としてはとにかくそれだけ買えるということ自体一種羨望の的であったのは否定しない。
佐藤奈々子さんが1977年に発表したこの2ndアルバムもその人の部屋で聴いたのが最初だった。
その後オリジナル盤は長い間廃盤となって入手困難だったのだが、CDで再発されたときに速攻で買ったのは言うまでもないだろう。
よくこの人の作品はソロデビュー以前の佐野元春の曲が聴かれるといったことで有名なのであるが、二人が紡ぎだした短編小説的な世界は砂糖菓子のようにドリーミングな衣装をまといながら、ロマンティックさと哀しさが同居しているように響く。ちょっとぶっきらぼうで、突き放したようなウィスパー・ヴォイスはスモーキーなサウンド・フォームの中でまるで木霊のように反響を繰り返し、さりげないフィクションとリアルとが一瞬にして交錯するような錯覚を覚えてしまう。曲によってジャジーだったり、ボサだったり、スイングっぽかったりもするが、あくまでもそれはあたかも奈々子さんが日々服を着替えていくように、心象風景を表現するための小道具に過ぎず、ボサ・ノヴァ・タッチの「オリーブの風」が仮にファンク風のリズムで歌われたとしても、そこで綴られている物語は全く揺るがないのである。アンニュイとか都会的で洗練されたという形容が陳腐なほどに、このアルバムには奈々子さんの喜怒哀楽の断片が納められている。
そのセンスは現在メインとして活動している写真家になっても変わっていない。
まどろむような世界の一瞬を確実に切り取ってくれているのである。



     
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その人の口癖は「退屈だぁ〜」で、極端な時には5分に一度はその言葉を口にしていたりして、それでいて退屈を訴える割には何をするでもなく、ただボケーッとしているのが好きだというだけでも困ったものなのに、ある時なんぞは意味もなく街をブラブラ歩きながら「退屈だぁ〜」を連発し、最終的にたどりついたその人の部屋でお気に入りだというアルトゥール・ルービンシュタインのショパン・ポロネーズ集を聴きながらいつのまにか眠ってしまっているというわがまま振りを発揮されてしまったので、存在意義を半ば失いかけたこっちとしても帰るわけにもいかず、その人のレコード棚からJ.S.Bachのブランデンブルグ協奏曲集を見つけ出して聴いていたら、突如として目を覚まして「バロックって退屈だよね〜」と寝ぼけ眼で決め台詞を言われてしまったのには苦笑するかしかなかったのであるが、元々NHKで「忠実な羊飼い」2番第一楽章のテーマ曲で始まる服部幸三氏&皆川達夫氏の解説の「バロック音楽のたのしみ」という番組をほぼ毎日のように聴いていた身にとっては、古典派やロマン派よりはバロック音楽に傾倒していたのは紛れもない事実であって、その中でもA.Vivaldiが一番バロック時代では好きな作曲家になってしまい、彼の創作した膨大な数の協奏曲を全て制覇してやろうという荒唐無稽な夢すら抱いていたりもしたのだが、その人が言うには「A.Vivaldiの協奏曲ってみんな同じに聴こえるよね」という彼の愛好家にとっては禁句とも言える台詞を何気に口にされてしまって、それが当たっている以上反論できないところに何とか反撃を試みようとしたのがFrans Brüggenが指揮とブロック・フレーテ、フル-ト・トラヴェルソを奏でている18世紀オーケストラの演奏によるこの「フルート協奏曲集」であって、従来のアムステルダム版とは異なった楽譜の採用とスリリングなインター・プレーに彩られた表現力の発露によって、陰/陽のコントラストがはっきりとしたかなりバロック音楽にしては異質でポップな出来に仕上がっていると思うのではあるが、それもまたその人に言わせればNew TrollsのConcerto Grossoには勝てないと、イタリアン・プログレの名盤を比較対象にされてしまったりして、やはり年上の女は扱いにくいものだとつくづく悟ってしまった1981年の夏のある日の午後のひとコマなのであった。


     
Howard Jonesと同じ時期にデビューしながら、どういうわけか日本ではあまり注目されなかったNick Kershawさんですが、この人の作るメロディー・ラインは奇妙に捻じ曲がった転調を多用して展開がまったく読めないのに、でらポップという不思議なものでした。84年の2ndアルバムからカットされたこの曲も、スコティッシュ・トラッドの雰囲気も交えた味わい深い曲でした。怪しげなPVもまた印象に残っています。
小泉今日子さんの「木枯らしに抱かれて」でパクられたということでも知られている名曲でございます。




     
時々言っているのですが、片桐はゴシック・ファッションを好んでいた時期があって、それは言うまでもなくThe CureのRobert SmithとSisters Of MercyのAndrew Eldritchの影響だったのですが、ある時に急にファッション・スタイルがスコティッシュ系になりました。というのも深い意味はなく、偶然Waterboysのこの「Fisherman’s Blues」のライブ映像を見て格好ええなぁ〜〜と思っただけです。とにかくMike Scott、Steve Wickham、Anto Thistlethwaiteというフロントの3人はまさに“粋”としか言いようがなかったです。特に跳ね回るSteveを見て、思わずヴァイオリン習おうかとマジで思いました。




     
Jamie Kensitが結成したSpiceというバンドに映画の子役俳優だった実妹のPatsy を加入させたことから始まったEighth Wonderの1985年の大ヒット曲。
本国よりも日本で売れたという理由はやはりPatsyの萌えぶりだったのでしょうか。。。。
限定シングル盤にはPatsyのイラストと着せ替え用の服がついていた記憶が。。。。




     
Cyndi Lauperつながりで。。。。
彼女の1stアルバム「She’s So Unusual」に全面的に参加しているのがThe HootersのRob HymanとEric Bazilianというわけで、特にRobとCyndiが共作した「Time After Time」はグラミー賞にノミネートされましたね(受賞はしませんでしたが。。。)
そんな彼らが1985年に発表した2ndアルバムからのヒット曲がこの「朝までダンス」です。
ノリノリなんだけど、どこか大らかでほのぼのとした雰囲気を持っているバンドでした。



     
その人はレア・チーズケーキが好きで、濃い目のアッサムとの組み合わせが絶品であると常々口にしていたものだが、当時いきつけの喫茶店のそれは、その人が「極上」と賞賛するだけあってまろやかな味わいと香り高い紅茶が相俟って、それこそ優雅な時間を過ごせたもので、その人が不機嫌になると即座にその店に誘って、機嫌を直すのにつとめたものである。
いつものごとく、レア・チーズケーキを頬張っていたその人は突然「E..NeubautenとNocturnal Emissionsではどっちがかっこいいと思う?」というようなことを突然訊いてきた。ノイズやインダストリアルといったジャンルが一つのムーブメントになりつつあったとはいえ、E..Neubautenは1stアルバム「Kollaps」を発表したばかりであった。

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確かにメタル・パーカッションが打ち鳴らされる中にとどろく野生の咆哮にも似たBlixaの荒々しい叫びはトリートメントされているとはいえ、その原初的で破壊的な衝動は刺激的であった。しかし、既にCabaret Voltaireの洗礼を受けた身にとってはNocturnal Emissionsの方に知性のようなものを感じていた。「Tissue Of Lies」のアバンギャルドさ、「Fruiting Body」の徹底されたカット・アップ・コラージュと、単なるノイズの洪水にとどまらず縦横無尽に切り貼りされた彼らの音はまさに情報戦であり、徹底した心理戦でもあった。そして彼らの音は究極のエクペリメンタルな・ポップであり、まぎれもないダンス・ミュージックであった。
そんな彼らのライブ・アルバムはスタジオ盤以上のテンションと昂揚感が記録されている。

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偶発性を優先しながら原始的な祝祭と最新のテクノロジーを組み合わせながら、Nigel AyersとCaroline Kは一心不乱に金属を叩き続け、Daniel Ayresの操作するテープ・コラージュが彩りを添えていく。ある意味で有機的、ある意味で無機質、そんな矛盾するようなベクトルを内包したパフォーマンスが続いていく。自分達の音楽を「革命のためのサウンド・トラック」と呼んでいたN.Emissionsは徐々にアブストラクトなダンス・ミュージックに比重を移していった。それはカタルシスの快感の誘引を目的としていたのであろうが、個人主義の流行とネット社会の繁栄といった面で見れば、彼らの目指していた「世界を剽窃する」といったテーゼは確実に浸透しつつある。その点でN.Ayersの戦略と選択は正しかったといえよう。
とはいえ、最近のN.Emissionnsの作品は手垢にまみれた手法の拡大再生産に過ぎず、興味を失って久しいが(それでも時々買ったりはしている)、ノイズの渦に身を委ねる快感を会話したその店も今となってはもうなく、その人と会うこともなくなってしまったので、その頃を想うと妙に懐かしかったりもする。


     
Cyndiといえば、やはりMTV世代ではこの人(無理やりだなぁ〜〜滝汗)。
けたたましい声で見ている人が仰天して腰を抜かしたという(ホンマかいな)伝説の持ち主Cyndi Lauperさんの「ハイスクールはダンステリア」であります。
この曲3回レコーディングされていて、2005年ヴァージョンではPuffyのお二人が参加しているということなんぞ言うまでもないことですね(Puffyが好きなもので、つい言ってしまいますが。。。滝汗)



     
「Da Da Da」つながりで。。。。
先日発売された4枚目のアルバムも絶好調の王心凌ことCyndi Wangさんの2005年のヒット曲「Da Da Da」です。
聴いてのとおり、イントロをはじめ曲そのものは某有名曲のパクリです(レーベルがAvex台湾なので。。。。)。
というか、彼女のデビューそのものがあの人の真似っこでしたが。。。。爆。



     
片桐が墓場まで持っていく一枚に挙げるほど好きな曲の一つに、西ドイツのバンドTrioが1982年に発表した「Da Da Da Ich Lieb Dich Nicht Du Liebst Nich Nicht Aha Aha Aha」という名曲があるというのは、しばしば口走ってきたことではありますが。。。。
この曲が昨年のペプシ・コーラの海外版のCMで流れていたこともご存知かと思いますが。。。。
というわけで、ロナウジーニョさんを筆頭に有名人がコケにされているチロリアン・ダンス付の2分ヴァージョンです。







     
雑多な用件が重なって、Blogの更新どころか皆様のところにもご訪問しなかった片桐と言います。
先月はいろいろな方面を駆けずり回って、大量の資料と手書きの原稿の山にほぼ窒息状態で、お姉ちゃんとデートをするは無論、なじみの泉ピン子似のマダムのカレー屋にさえ足を運べないという日々の中、まるで修行僧のように真面目な生活を送っていたのですが、そういった状況も
何とか片がつきましたのでぼちぼちこの無意味なBlogも再開させようかと思います。

またまたアホな展開になりますが、どうぞよろしくお願いします。

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プロフィール

Author:片桐真央(Mao.Katagiri)

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Experimental