不条理音盤委員会 

 即物的快楽を追及するBlog
 


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どこか何となく不調な片桐と言います。
そういうことで世間では評判も名高い岩盤浴を初体験してみました。ただ寝ているだけで何故あんなに汗が出るのか自体不思議なのですが、体にたまった毒を吐きだしているのかと思うとちょっと納得。片桐が行った施設では“私語厳禁”なのでとても静か。。。ジャズ・ピアノが流れる中でマグロのように横たわっている数十分は意外と極楽気分なのであります。

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と、いうわけでボスニア・ヘルツェゴヴィナ出身のSeka Aleksićさんが昨年リリースした4枚目のアルバム「Kraljica」です。困ったときにはpeccaflyさんのwikipediaを参照すればよいので、それを見るとCecaさんに次ぐ人気のあるターボ・フォーク歌手ということですが、Cecaさんの繊細で抒情的な歌い方とは対照的なパワフルでエモーショナルなパフォーマンスが特徴的です。
ハード・トランス風のリズムにSekaさんの豪放なヴォーカルがかぶっていく「Kraljica」、ユーロ・ディスコ風(「Boom Boom」+「Tarzan Boy」のパクリですね) の「Aspirin」、ライトなファンク・タッチの「Boli Stara Ljubav」、 ドラマティックなサウンド・ワークが耳に残るミディアム・ナンバー「Poslednji Let」、アコ(シンセ?)をフューチャーしたアップテンポの「Nije Ona Ta」、ギリシャっぽいロマンティックな歌メロの「Milostinja」、おそらく広島のことをテーマにしたと思われる(歌詞の英訳を見ても今一つピンとこないのですが。。。)「Hirosima」、イタロ・ディスコ+チュルク・ポップといった感じの曲調にのって軽快に突き進む「Tesna Koža」、バルカン・フォークをロック的に翻訳したような「Impulsi」、ちょっと懐かしめのポップ・サウンドが逆に新鮮にも聴こえてくる「Sokole Moj 」、自分の感情を全て言葉にしたかのような感動的なヴォーカルが心を打つロック・バラード「Reci Gde Smo Mi」まで「女王」というタイトルとジャケでの挑発的な表情がそのまま彼女の自信につながっているような堂々たる歌いっぷりのアルバムになっています。

いろいろググるとDL可能なサイトがあるようですが、とりあえずはSekaさんのHPから全曲ちょっとだけ試聴できます。
http://www.sekaaleksic.com/

     
Крилоさんのところに「バルカン音楽等を紹介されている」Blogという名目でリンクしていただいているにもかかわらず、「等」の方が圧倒的にエントリー数が多い片桐と言います。
花粉症がきっかけだったのか、どうも体調が思わしくないのですが、人間とは不思議なもので元気な時は忙しい同僚を尻目に「体調悪いんで今日は上がります」とか言えるのに、本当に体調不良の時はなかなかそれを言い出せないというか、妙に罪悪感を感じてしまうのは気のせいでしょうかね?ま、普段の行いが悪いということに尽きるのですが。。。。

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と、いうわけでブルガリアのポップ・フォーク歌手Aneliaさんが2006年にリリースした4枚目のアルバムです。peccaflyさんの言葉を借りれば、「ポップ・フォーク歌手のなかでは民俗色の薄い、モダンなダンスポップに近い作風が特徴で、その豊かな声量と安定した歌唱力で人気を誇っている」とのことですが、その言葉に違わないようなヴォーカル・アルバムに仕上がっています。
分厚いストリング・シンセ(オケ・ヒット付)と絡み合う童謡のようなコーラスが印象的なトランス・ポップ風の「Samo za mig」、 Kaomaの某曲をパクったようなラテン・ポップス的な「Samo moj」、情熱的なAneliaさんの歌声が聴けるアラブ〜中近東色が濃い「Vjatar v kosite ti」、軽やかに疾走するギリシャ風のポップ・ナンバー「Shtom si do men」、タイトなドラムやハモンド風のシンセも耳に心地よい「Otivam si, zashtoto te obicham」、R&B感覚をたくみに取り入れた(中盤では泣きのギターも入っています)「Pepel ot rozi」、やはりR&Bを下地としたドラマティックな歌メロを歌いあげていく「Shte te zabravja」、劇的で大仰なサウンド・ワークの背景にジプシー音楽の要素がうかがえる「Do zori」、鮮やかな感じのポップ・フォーク・ナンバー「Pregrashtaj me」、ピアノとコーラスのみのロマンティックなバラード「Den bez teb」まで、時にはアグレッシヴにすら思えてくるAneliaさんの声の密度の濃さを存分に楽しめる一枚になっています。やはり、Emiliaには到底無理なレベルやわ〜〜。

試聴音源はこちらから
http://www.music.store.bg/c/p-p/m-584/id-10936/anelia-pepel-ot-rozi.html

とてもお子がおるとは思えないプロポーションが堪能できる「Do Zori」のPVはおまけです(笑)。




     
時々、変わった苗字や名前の人に出会うことがある片桐と言います。
最近では「山田洋行」さんという方にお会いしました。ご本人はもちろん「ひろゆき」なのですが、名刺を交換した際に思わず山田氏は苦笑いをしていたのは仕方がないところで、ま、それが契機で打ち合わせ前の雰囲気も和むというものですから、それはそれでよしとしましょうか。。。。。。

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と、いうわけでセルビアのMaja MarkovicさんとCeda Crovakさんのポップ・デュオであるGrupa Lunaが2005年に発表した6枚目のアルバムです。もっともCedaさんはひたすら裏方に徹しているのか、ジャケット以外は表に出ず、プロデュースに専念しているようですが、エスノ風の感覚をふんだんに盛り込んだCedaさんのポップ志向が、ゴージャス系美人のMajaさんの歌声と相俟って、ちょっと不思議なアンダーグラウンドにも似た音絵巻を展開しています。
バルカン・ブラスのエッセンスを盛り込んだ賑やかでリズミカルなポップ・ナンバー「Šećeru」から始まり、kisaraさんによればKeti Garbi の「Akouse Agori Mou」をパクったというエスノ・トランス風の「Prognoza」、ストレートなロック・ナンバー「Haljina Crvena」、ついつい踊りだしたくなるようなフォーク・ダンス風のギター・フレーズが印象的な「Čaša Ljubavi」、テュルク・ポップに近い雰囲気のエキゾティックな「Tatoo」、強烈なガイタ?のイントロに導かれての濃密なMajaさんのヴォーカルが耳に残る「Milo Moje」、 ユーロ・ダンス風の「Dragi Moj」、ヴォーカルやバルカン・ブラスの音をエフェクト処理したエレクトロニカ的祝祭音楽の「Balkanac」、冒頭のズルナ?を含めて汎ユーラシア的に雄大なサウンドが展開していくミディアム・テンポの佳曲「Lagano」まで、ジャケットに象徴されるようにポップでありながらも、どこか淫靡でいかがわしい感じがするアルバムだという気がします。
ところでこのアルバムで使われているジプシー系のブラスの音は案外ブルガリアのそれに近いような気がしますが、気のせいでしょうか?個人的にはこんなところからMajaさんとGloriaさんのデュエットにつながるような気もするのですが。。。。

試聴音源はこちらから
http://www.mimovrste.com/katalog/product.php?product_id=1020847123


     
久助煎餅を齧りながら日夜仕事に追われている片桐と言います。
あるオフィスの話。
午前中の打ち合わせが少々長引いてしまったのですが、そろそろ詰めの段階に入ったときに12時を知らせるチャイムが鳴り響きました。それと同時にフロアーの照明が落ちました。
停電ではありません。省エネ対策の一環のようです。
日中とはいえ、冬場の曇り空ということもあってフロア内はかなり暗くなっていて、呆気にとられて周囲を見回すと、液晶モニタの灯りをたよりにお弁当を食べている人たちがいました。なんかちょっと寂しい光景でもありました。

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と、いうわけでセルビア出身のNataša Bekvalacさんの2005年のアルバムです。このアルバム発表直後に結婚して、現在は子育ての最中ということもあって音沙汰がない彼女なのですが(HPはComing Soonですし、My Spaceは更新されていないし。。。。)、City Recordsお得意のユーロ・ダンスの要素をふんだんに取り入れながらも、割と西洋的な感覚の音を基本としたエスノ・ポップを歌っていたNataša さんが、このブランクを経てスケール・アップすることを望むしかありません。
転がるようなピアノの音が印象的なフォーク・ロック風の「Nikotin」、アコースティック・ギターのカッティングと打ち込みがさりげなくミックスされたR&B風味の「Necu Da Se Zaljubim」、スラブ風(というか、ロシアっぽい)のマイナーなコード展開のストリング・シンセが耳に残る「Poludim Li U Dvadeset Pet」、どこかSteely DanというかFra Lippo Lippiというかちょっとジャズ〜フュージョン・タッチの演奏に濃ゆいNatašaさんのヴォーカルがかぶる「Poker U Dvoje」、 Ray Parker.Jrの「Ghost Basters」をパクったようなテクノ・ポップ曲の「Sve Je To Ljubav」、情感をこめながらも淡々と歌い上げるバラード・ナンバー「Ponovo」、さりげないファンキーな感覚が快い「Nije Za Mene」、切ないメロの前半部からバルカン風のエスノ・ファンクに移行していく「Hajde」、 きっとMonochrome Set(というよりBid先生)がバルカン半島出身だったらこうなるだろう、とついつい連想してしまうへなへな系のギターとチープなキーボードの音が微笑ましい「Navika」まで、どこか80年代のUK NWを思い出してしまうようなエスノ・エッセンスのまぶし方が光る軽やかなサウンド・プロダクションと、それとは対照的なエネルギッシュにも感じられるさNatašaさんの歌声のアンバランスさが妙に印象に残る作品になっている気がします。

このサイトで試聴&DLできます。
http://www.serbianplanet.com/index.php?name=Downloads&req=viewsdownload&sid=56

     
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「異国ポピュラー音楽館」の管理人kisaraさんに教えてもらったカザフスタンのエスノ・ロック・プロジェクトUlytauの1stアルバムです。Nurgaisha Sadvakasova (violin)、Maxim Kichigin (guitar)、Erjan Alimbetov (dombra)、 Roman Adonin (keyboards)、Evgeny Sizov (bass)、Igor Djavad-Zade (drums) の6人組のようですが、ジャケットやPVには3人しか映っていないことから、この3人がコア・メンバーであると思われます。Steve VaiやJohn Petrucciに憧れるMaximの弾くメタリックなギターに、Byonceをアイドルとして崇めながらも、David Oystrahの演奏に自分の方向性を見つけたというNurgaishaのクラシカルで流麗なヴァイオリン、それにカザフの民俗楽器であるドンブラを縦横無尽に操るErjanによるハード・ロック寄りの弦楽三重奏が次々と展開していくわけなのですが、エスノ風のフレーズや変拍子の導入、あるいはハード・エッジのギター・フレーズにはプログレッシヴな雰囲気も漂います。また独特の音響空間処理をTim Palmerが手がけていることも特徴で、リズム隊のボトムをしっかりと抑えた手堅いミックスがアルバム全体を引きしめているのではとも感じます。
スリリングで疾走感あふれるアンサンブルで一気に突っ走っていく「Adai」、Vivaldiの協奏曲をフリーキーなハード・ロック風にアレンジした「Winter (Four Seasons)」、優雅なヴァイオリンにドンブラの独特の響きがからんでいく音色のバランス感覚が印象的な「Kurishiler」、Nurgaishaさんのクリアー・ヴォイスに導かれて弦楽三重奏がプログレッシヴに展開していく「Jumyr-Kylysh」、やはりバッハのお馴染みの名曲をファンキーに聴かせる「Toccata and Fugue」、ブリティッシュ・トラッドにヒントを得たかのような軽やかなポップ・サウンドの「Ata Tolgauy」、モーツァルトの例の曲を楽しげにした後で、オリジナルのインタープレイが挿入される「Turkish March」、Mike OldfieldかSteve Hackettのような叙情に満ちたギターのフレーズが印象的な「Yapyr-Ai」、ドンブラがかき鳴らすフレーズやギター・ソロのメロにアジアを強く感じさせる「Teriskakpai」、ちょっとブルージーな印象もあるドンブラがメインの「Kokil」まで、クラシックのカバーなどは一歩間違えば色物っぽく聴こえてしまう点や、やや一本調子っぽいハード・ロック風のプロダクションといったきらいも確かにありますが、そういったマイナスの要素を差し引いても、このハイ・テンションなドライヴ感は並々ならぬものがあると思います。ついつい気分が高揚していくのであります。。。。。。

ヴィジュアル的にもイケているPVはおまけです。


試聴音源はこちらから
http://www.myspace.com/ulytau
http://www.russiandvd.com/store/product.asp?sku=44700&genreid=


     
オフィスに手ぶらで出勤したら、美由紀ちゃんがいきなりグラビア・アイドルのごときポーズで「今日は手ぶらですか?」と訊ねられ、朝一番からハイ・テンションでギャグを飛ばすというスタッフに恵まれながらも、遅れに遅れている仕事を矢のように催促されている片桐と言います。

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と、いうわけでワールド・ミュージックが日本で流行していた1990年に発表されたCampur DKIのセルフ・タイトルのアルバムです。日本に於いてワールド・ミュージックのブームをもたらした作品の多くは仕掛け人だったMartin Messonierのせいもあってフランス発信のものが多かったような気がします。そんな潮流の中で話題になったのがDick Leeの「Mad Chinaman(1989年)」で、シンガポールという多民族国家発のこの作品はアジアの大衆音楽の要素をベースにレゲエやロック、ラテンといった西欧風の様式を組み入れたアジアン・チャンプルーとも言うべき濃密な内容をもった作品でした。このアルバムに衝撃を受けたのが久保田真琴(現在は真箏)氏で、すぐにDick LeeとコンタクトをとってSandiiの名盤「MERCY」を作り上げたのは有名な事実ですが、そういった一連の過程の中から生み出されたいわば兄弟的な位置を占めるアルバムがこのCampur DKIの作品ではないかと思います。久保田氏とインドネシアの名プロデューサーとして名高いLaribowo氏がコラボしたこの作品ではDangdutをベースとしたダンス・ミュージックをFahmy SharpとHetty Sundjavaという男女デュオに歌わせることによって従来の伝統的なアジア歌謡とは異なったスタイルのサウンドを創成することに成功したと思います。
超有名曲をファンク+ヒップ・ホップ風味もまぶして色鮮やかにエキゾチックに処理した「Coffee Dangdut」から始まり、Hettyさんのセクシーなヴォーカルと尺八風にも聴こえるスリンの音が楽しめるザレハ・ハミッドのカバー曲「Dangdut Reggae」、沖縄とインドネシアの近親性を強調したかのようなサウンドが快楽を招く正統的なダンドゥット・ナンバー「Aku Bisa Gila」、嫁が欲しいと願う男の願望を綴った歌詞をFahmyさんがとぼけた感じで歌う「Minta Ajimat」、まさにアジア歌謡という粘着質系のメロが耳に残る(背後のストリング・シンセも雰囲気満点)な「Jangan Ketuk Pintu Hatinya」、重苦しいサウンドでインドネシア労働者階級の悲哀を歌ったメッセージ色の濃い歌詞が歌われるAli Usmanのカバー曲「Masa Bodoh」、Sandiiによるラップも挿入されたスカ風の「Asmara」、サンプリング?のシタールやギターも絡むFahmyさんのヴォーカルによるメッセージ・ソング「Colak Colek」、ドラマティックで大仰なハード・ロック風のアレンジが施された「Hati Yang Tergores」、Hettyさんの軽やかなヴォーカルとポップで明るいイメージが印象的な「Sya La La」まで、ある意味でアジア大衆音楽の頂点を極めたような感の仕上がりになっていると思います。ただ、発表当時の音楽誌では絶賛されていたのですが、やはりアルバム一枚聴きとおすとなれば全体的には起伏が乏しく、出来ることなら数曲だけに絞ったミニ・アルバムのような形での発表の方がよかったのではないかと個人的には思っています。

試聴音源がなかったので「Coffee Dangdut」のPVを。




     
昼食時に偶然通りかかった定食屋さんの光景。
企業のエライさんて感じのおじさんから、お一人さまOLまでがズラリと長蛇の列を作っているので、これはきっと美味い店に違いないと思い、その行列に参加。客層と出てくる人の表情から、いやがうえにも期待が高まろうというもので、待つこと10分。やっと席に座って日替わり定食をオーダー。出てきたのは普通の野菜炒め定食。味も悪くもないがこれほど行列を作ってまで食べることもないといった感じでした。近くにはランチが美味しいと評判の店がいくらでもあるのにちょっと不思議でした。

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と、いうわけでPayner Musicの販売戦略にまんまとハマってしまっている片桐と言います。
Gloriaさんといえば、ブルガリアのポップ・フォークChalgaの母と称されることもあり、またPyner初期から活動しているといったベテラン歌手なのですが、長い間の活動中徐々に姉御路線に方向転換してきたのと同時に大人の女性の円熟した色気もたっぷりと織り込んだ歌いかたになってきたことはこの方面が好きな方はご承知だとは思います。この「Blagodaria」でも哀愁を感じさせるような中にポップさを盛り込んだ珠玉のメロディーの数々を丁寧に歌い上げております。テクノ的な要素を前面に打ち出したエスノ・ポップの「Opiat」「Prilicham li na viatara」から始まり、チュルク・ポップ色が濃い「Sto karata liubov」、アコ・ギでブズーキ風のメロを奏でさせる大仰なバラード「Na myzhete, koito obichah」、やはりチュルキッシュっぽい「Za parvi pat」、ヒップ・ホップのリズムを借用しながら貫禄充分の歌声を聴かせる「Na chisto」、アンビエントな音使いに配慮したようなムーディーな「Ako te niama」、似非ラテン+トランス風味の「Sezoni」、セルビアのLunaさんとのデュエットを聴かせてくれるR&B的な「Krygovrat」、打ち込みを多用したテクノ・ポップ的な印象の「Ne me moli」、昔の曲をジプシー・ブラス+電子音でアレンジしなおした「Dar ot boga」、ユーロ・ディスコを思い出せる煌びやかなシンセが使われている「Grad na greha」、ジャケットに象徴されるような落ち着いた雰囲気が漂ってくる「Blagodaria」、 Nikolaj Slaveevさんと共にトラディショナルなメロを情感たっぷりに歌う「Katelino mome」までゴージャスな音に包まれながら本領発揮ともいうべき重厚な歌声を聴かせてくれる一枚になっています。まさにEmiliaが逆立ちしても勝てない力量の差が歴然としています(涙)。
・・・でも、Emiliaを応援しております(爆)。

試聴音源はこちらから
http://pop-folk.mp3-bg.com/Gloriya-Blagodarya-33,560.html

     
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先日kisaraさんのところでDick Leeの「Mad Chinaman」が紹介されていましたが、そこに収録されている「Mustpha」という曲は元々はエジプトからトルコにかけて広く歌われていた俗謡で、世界的にはBob Azamが歌ったEastern Foxtrot Versionが有名でこのアレンジがDick Leeや坂本九さんがカバーする際のベースになっています。よくクレジット欄にはBob AzamとEddie Barclayの名前が載っていますが彼ら二人は伝承曲を一般向けに整理した立役者なのです。
と、いうわけで本題なのですが。。。。1994年にフランスのA.P.Cレーベルから発売された「Think About Mustaoha」というコンピ盤が手元にあります。このアルバムは音楽界の異種格闘技チャンプともいえるBill Laswellの発案の元にし進行したプロジェクトで、Jonathan Richmanがガレージ・ロック風ながらもオリジナルに忠実に歌っているもの(そのインストVerも収録されています)やフランスのライの大物Rachid Tahaがいかにもといったアラブ風味全開で演じているものもあれば、やはりフランスのミニマリストPascal Comladeが原曲のモチーフを借用しながら独自の世界を展開させたもの、あるいはサイケデリックな展開をみせるGreg Garrigues、そしてNicky SkopelitisとBill Laswell によるヒプノティックなダブ仕様と様々なスタイルでのカヴァーが楽しめます。
とはいうもののやはりオリジナルのスタイルに勝てるわけもなく、今回改めて聴いたら案外パッとしなかったので、万人にお薦めというわけではありません。あくまでも物好き向きな一枚でしょう。
で、やはりここは本家本元のBob Azzamさんのヴァージョンを。
フルートのフレーズは中近東というよりはカリブ方面の感覚も漂いますよね?

トルコ出身のユダヤ系歌手のDario Moreno氏も「Ya Mustapha」を歌っています。こちらのヴァージョンは本来の中近東風の演奏の合間にビッグ・ジャズ・バンド風にアレンジされたフレーズが織り込まれる楽しいものです。彼はワールド・ミュージックの元祖とも言うべき「Oh! Que Mambo!」というアルバムで世界を席巻しました。




     
山崎ナオコーラさんのファンの片桐と言います。
最近話題になる小説は、まるでTVドラマのノベライズのようにエンターティメント性に富むものが多くなってきたような気がして、読んでいて疲れたりもします。あるいは恋人や大事な人が死ぬというお涙モノも多く、初めから泣かせることを意識して書かれているのでは?とつい勘繰ってしまうのですが、山崎ナオコーラさんの作品は何気ない光景を、何気ない描写で綴っていて、そんな不思議な味わいを醸し出しているのです。まだ2作しか刊行(エッセイ集を除く)されていないのですが、新作が楽しみな小説家の一人であります。

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と、いうわけでPayner Music所属のお姉ちゃんの中で一番化粧がケバいという評判(Emilia 談・・・大嘘)のGerganaさんのアルバムです。ジャケットから連想されるとおりPaynerのHPに挙げられているカタログ・リストの表紙そのまんまなのですが、今回は割とユーロ・ディスコに目移りしたサウンドで、毎度のごとく「ニャモ」とか「サモ」とかいうブルガリア語独特の発音で楽しげに歌っております。煌びやかな電子音の主体のサウンドと対象的な民謡風のこぶし回しのヴォーカルを聴かせてくれる「Una Pasion」、やはり打ち込み主体の「Liatna nosht」、懐かしのレイヴを思い出させるような「Karma」、アコ・ギを全面的にフューチャーした静かなバラード「Stud i tishina」、Paynerにしては珍しいギター・サウンドとサックスが耳に残る(誰かのカバーかも?)「Liubov i sulzi」、サイバー・トランス風の派手なシンセを従えた「Sladkata strana na neshtata」、YMOの名曲「中国女」をつい連想させるイントロに導かれるテクノ・ポップの「Neya vmesto men」、エスノ・ブレイクビーツとも呼べそうな「Sledvai me」、やはりチープなエスノ風テクノ「Mrazya te, zashtoto te obicham」、Cecaさんの「烏賊がい〜ません」のパクリとしかいいようがないロマンティックな「V tozi grad」までまさに結構イケイケ路線(死語・・・爆)のポップ絵巻を展開しているわけなのですが、何といってもGerganaさん最大の売り物の「舌足らずカマトト路線のヴォーカル・スタイルがまた微笑ましくもあるのです。なんだかんだいってもPaynerのお姉ちゃんたちはそれぞれに売りが決まっていて、そういった処にはまりこんでしまったのであります。
試聴音源はこちらから
http://pop-folk.mp3-bg.com/Gergana-Sladkata%20strana%20na%20neshtata-5,545.html


     
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普段Emiliaが最高と言いながら、Top PageにはGerganaの画像を置いている片桐と言います。
それはさておき(苦笑)、前作のアルバムからカットされた「Zhelaia te」ではパンツを見せながら「あ〜れれ〜、あれれら〜」と歌っていたMairaさんの新作アルバムでございます。黒髪のままではAneliaやIvanaと間違われるのが嫌なのか、この「Edinsteven」ではブルーのヅラなんぞつけておりますが、Mariaさんの最大の特徴であるタラコ唇は健在で、ジャケットでもしっかり口を尖らせております(笑)。
荘厳なイントロとMariaさんのハミングに導かれて、哀愁漂うメロが歌われる「Piana Ot Liubov」、やはり哀愁歌謡っぽい「Ne Si Dobre Doshyl」、レゲエ風にお得意のセクシー路線で挑む「Sama Go Moga」、おそらくこの歌い方が一番Mariaさんぽいと思われるハスキー声の魅力満点の「Edinstven」、セルビアのAna Kokicさんの「Mojne mala」をトライバル・テクノ風にカバーした「I Pak Ne Znaja」、ギリシャっぽい雰囲気の「Tochno Za Men」、中華音階風のシンセ・メロのポップ・バラード「Prosto Ti」、チャルガ独特のクラリネットがリードする「Vsiaka Sledvashta」、エッジの利いたギターとロマンティックなメロに切り込んでくるタイトルのコーラスが印象的な「Kazhi Mi Ti」、ハモンド風のシンセをフューチャーしてブルージーに歌いあげる「Oshte Pomnia」まで、相変わらずの掠れ声でポップ・フォーク路線をまい進しているのですが、このアルバムは前作よりもプロダクションがチープというか手抜きになってきていて、曲もあまりつぶが揃っていないのが残念です。個人的にはタイトル曲や「Sama Go Moga」「I Pak Ne Znaja」あたりのエスノ+テクノ路線を突き進んで欲しいものなのですが、そろそろMariaさんもLunaさんあたりに蹴落とされてしまうのでしょうか。。。。

試聴音源はこちらから
http://www.bulgarvoice.com/index.cfm?page=musicAlbum&id=310



     
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先日のMark Kamins氏の似非エスノ・ハウス・プロジェクトが発表された頃にイタリアやフランスを中心にちょっとヒットを飛ばしたグループにTouch El Arabというユニットがいます。当時は3 Mustaphas 3のライバルか?と目されたこのグループには今やGotan Projectで名を馳せたChristoph Müllerも在籍し、タイトル曲の「Muhammar」はスイスのチャートで4週連続1位を獲得しました(メンバー全員が当時はスイス在住でした)。オリジナルの発表は87年だったかと思うのですが、ハイ・エナジーとテクノ・ポップの中間のような割と中途半端なシンセ・サウンドにアラブ音楽のサンプリングをまぶし、女性ヴォーカリストKatharineが怪しげなメロディーを歌うといった下世話さがいかにもイタロ・ディスコといった感じでウケたのでしょうが、この「Muhammar」という曲、何故か西欧諸国では未だに根強い人気があるようで、ちょっとしたディスコ系のコンピ盤にもちょこちょこ収録されていたりします。またオリジナル・ヴァージョンのみならずユーロ・トランス風にアレンジされた「Cosmic Muhammar」やクラブ・ミックス風のリミックス盤などが数回リリースされています。しっかり持っているので、つべこべ言うのもあれなんですが、何でこんなにヨーロッパでウケるのかという理由がちょっとわからない珍盤なのです。

http://swisscharts.com/showitem.asp?key=3969&cat=s


     
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今年からめでたくBurgariaもEUに加盟したものの、この国のポップ・シーンの全容などは知る由もなく、せいぜいサイトで見かけたジャケット買いと、Web Radioでしか知ることが出来ないのではありますが、隙間&谷間買いの道を歩む片桐としてはこれも試練と思えば何の苦労もありません(謎)。何はともあれ、このIanicaさんもご多分にもれずPayner Musicに所属しているわけですが、そもそもこのレーベルは美女をかき集めてポップ・フォーク的なサウンドの歌をビシバシ歌わせるというシステムのようで、例えればハロー・プロジェクトやPWLプロダクションのようなものなのですね。ま、そういうわけでありますからCDの中身は大同小異と言っても過言ではなく、各人によってチュルク〜ギリシャ色が濃かったり、トランスぽっかたり、R&Bを取り入れたりしてはいるのですが、曲の根っこにあるいかにもいったバルカン的なメロがこれまた心をくすぐるというわけなのです。
ストリングをフューチャーしたポップなナンバー「Az li da te ucha?」から始まって、チープなバルカン・ブラスといった感じのトラディショナルな要素を含んだエスノ歌謡「Taka stoiat neshtata」、やはりロマ的なフレーズをアコとフィドルを模したシンセが奏でる「Sladko izlyzhi」、ギリシャ的な雰囲気も漂わせたロマンティックなバラード「Pristanishte」、軽やかなギターのフレーズと舌足らず風のヴォーカルが耳に残る「Edin za drug」、ギリシャ色が濃い「Bebcho, sybudi se」、インド風のイントロからバルカン・テクノに移行する「Koj si ti?」、シャンソン+似非トランスというブルガリアおなじみのパターンの「Da se vliubish dano!」、またまた毎度のズンドコ風リズムに中近東風のエッセンスをまぶした「Liubovta e za dvama」、チュルク・ポップの影響がうかがえる「Poveche ne moga」、「Liubov neobiasnima」、クラリネットが半ばフリーキーに暴れまわる「Devet sedmici i polovina」、ロマ風の要素をR&Bに移植したようなちょっとアヴァンギャルドにも思える「「Kiuchek "Leko"」、ブルガリアン・トラッド風にIanicaさんが伸びやかに歌う「Liubovta e lek za nas」まで、ジャケットの挑発的な表情とは裏腹の割と可愛らしい歌声が楽しめます。とはいうものの、Ianicaさんと他の人がどう違うのか?と尋ねられても答えはありません。単にこの手の音楽が好きなだけです(Emiliaは別格・・・汗)。

試聴音源はこちらから
http://www.bulgarvoice.com/index.cfm?page=musicAlbum&id=264



     
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サマルカンドに生まれ、幼少より伝統的な音楽の素養を身につけたNasiba Abdullaevaさんも、またウズベキスタンの「国民アーティスト」として知られる存在です。この「Samarkand」発表以前のローカル盤では割と古典音楽のスタイルを重視した歌謡曲風の音を展開していましたが、このBlue Flame盤ではコンテンポラリーなアレンジやクラブ系アレンジを導入したことにより、カラフルなポップ・サウンドとして生まれ変わったような気がします。
ジャストなリズムが刻まれる中で揺らぐようなヴォーカルが不思議な感覚を生み出す「Sevgilim」、フュージョン風のギター・ソロも挿入される中でNashibaさんの軽やかな歌声が堪能できる「Armonia」、ドラムン・ベース風のイントロから一転してアジアと西洋が折衷したようなアンサンブルが展開される「Marav」、エスノ・ポップ風に翻訳された「Jonim Oladi」「Kelasiz」、インド風のエッセンスを存分にふりかけた「Az Dastad」、モンゴル〜中国を思わせるような東洋風(というか日本の歌謡曲っぽい)の歌メロが哀愁を誘うような「Kaidasan」、コーカサスから中央アジアの要素にラガ的なリズムを付した「Yokasiz」、エスノ・フュージョン的な音をバックにNashibaさんが伸びやかに歌う「Umr Bakhori」、無伴奏で歌っているためか、どこか神聖な雰囲気も漂う「Mugam」、ペルシアのLeila Forouharさんの曲をかなりチュルク色濃くカバーした「Intizor」、ウードのソロに導かれて、イラン的なアンサンブルとファンク風のリズムが交錯していく「Amina」、ロマンティックなメロをドラマティックに歌い上げる「Pazmoni」、チュルキッシュ+バルカンといった感触の「Jonim」、アラブ的な音使いやインド風味のチープな音が妙にマレーシアあたりのポップスに共通するような印象もある「Kurgim Kelar」「Orizu」、アンビエントなシンセ音に合わせてNashibaさんが囁く「Khamma Shodand」までユーラシア全体のフィーリングを生かしたゆらめくような感覚の曲が次々と流れていく中で、まさに天衣無縫といった感じの彼女の声に誘惑されてしまうような印象もある一枚になっています。
このいかにもワールド・ミュージック〜エスノ・ポップといったBlue Flameのサウンド・プロダクションには賛否両論あるのでしょうが、例えば現在ウズベキスタン国内でトランスやR&Bを借用したポップスが人気を博していることを考え合わせると、サウンド・ワークそのものは陳腐で手垢にまみれた手法なのかもしれませんが、外部の要素とトラディショナルなエッセンスを融合させたという面では無視すべきではないと感じます。それはポップ・ミュージックの負った宿命であり、表現すべき形態がどうであれ、最終的にはアイデンティティがそこに反映されているかどうかという問題になるのではないかと思うのです。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.de/Samarkand-Nasiba/dp/B00009YNF4



     
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ワールド・ミュージックがブームだった頃に国内でも「Life At The Pyramids」「Out Of This World」といった2枚の作品が紹介されたドイツのDessidentenが1993年に発表したアルバムです。Uve Müllrich、Marlon Klein、Friedo Joschという3人からなるこのユニットは、やはりドイツのエスノ・ジャズ系プログレッシヴ・ロックのEmbryoから派生したという、80年代から活動を続けている息の長いユニットです。Embryoから毎回Roman BunkaやRoland Schaferといった面々がゲスト参加していたり、アルバム毎にアラブやマグレブ方面のアーティストを招いてコラボレーションするといった姿勢はEmbryo同様なのですが、ジャズ的な志向のEmbryoに対して、Dissidentenはエスノ・ポップ/ダンスビートの色彩が強いという差はあります。この「Jungle Book」ではKarnataka Collage Of Percussionやインド系のミュージシャンと共にカラフルなエスノ・ポップを展開しているわけなのですが、そのスパイスのふりかけ具合がいかにもインド風味といったパチモン状態にも似た感触のサウンド・ワークについつい暑さを忘れてしまいそうになるほど快い気分に浸れるのです。
ムンバイ駅の雑踏をそのままSEに使用したイントロに続いて、John Coltraneの曲をヒップ・ホップ風味も鮮やかにカバーした「Love Supreme」、ヒンディーに伝わる古謡をベースとした「Maharaja’s Ox-Cart」、彼らの本領発揮とも言えそうなサイケデリック感覚あふれる「Lost Hindu Tapes」、インド的なメロディーとジャズのエッセンスを結合させた「Jungle Book Part 1」と、その要素を更にダブ的に発展させた「Jungle Book Part 2」、Roman Bunkaの奏でる12弦ギターの音も美しいアンビエントな「Monsoon」、インド各地域の音楽をコンパクトに凝縮させたような「All India Radio」、ファンキーなリズムが刻まれる中でChuck Hendersonのサックスが流れるようなフレーズを吹いていくフュージョン風の「Path Of Rhythm」、伝統的な祝祭・儀式音楽の荘厳な響きの「Puja Celebration」からメドレーで綴られるルンバ・スタイルの「Light Of Love」まで、あのディープな雰囲気こそは味わえませんが、言わばレトルトで味わうインド・カレーといった印象で気軽にインド的な感覚が楽しめるライト・タッチな一枚ではないかと思います。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.com/Jungle-Book-Dissidenten/dp/B0000057QF

おまけは「Life At The Pyramids」所収の名曲「Telephone Arab」。



     
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世間ではウズベキスタンのマドンナとも称されているSevara Nazarkhanさんのアルバムは、P.GabrielでおなじみのReal WorldからHector Zazouのプロデュースで制作されました。女性の声を生かすことには定評のあるZazou氏だけに、あまり作りこんだ音を展開することもなく、ウズベキスタンの民俗楽器である2弦のドタールを筆頭に、タンブールやサズ、ウド、セタールといったリュート属の楽器をたくみに操るToir Kuziyevさん以下のメンバーと共に、Severaさんの歌声を生かしながら中央アジア的なエッセンスをふんだんに盛り込みながら、ウズベクという民族がこれまで経験してきたアラブ・ペルシア・モンゴルといった文化的な要素をハイブリッドに融合させたポップ・ミュージックを作り上げました。無論レーベルがReal Worldということもあって商業的な目論見やワールド・ワイド的な視点もあるためにダウンテンポ風なビート感やアンビエント・テクノ風の音処理も背景にはありますが、それはあくまでもエッセンスに過ぎず、彼女のハイトーンの歌声がゆったりとした揺れるようなグルーブ感と軽やかなこぶしと共に味わえる作品になっています。アコースティックを重視しているとはいえ、その揺らいでるようなリズム感覚は独特のものがあり、これは遊牧民族に共通するものではないかと個人的には思うのですが、その微妙な震えにも似たビートはチュルク・ポップに由来しているのと同様にSeveraさんが好きだというJazzに由来しているようにも思えます。インタビューではもっとも好きな歌手はSadeだそうで、ライブではジャズ系のミュージシャンと共にガーシュインやジョビンの曲、あるいは自分の曲をジャズ風にアレンジメントした曲なども歌っていたとのこと。そういったことを踏まえて聴くならば、確かにヴォーカルのメロとアンサンブルの伝統的な要素とは一部乖離しているようにも思われ、ヴォーカルのみが自由に舞っているという気もしますが、逆にそういったスタイルだからこそ新鮮に響くような気もします。

試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/productinfo.asp?pid=5618478&cart=562231106&BAB=Z



     
いつもの泉ピン子似のマダムがいるカレー屋さんがローカル局の情報番組の取材を受けることになりまして、そのマダムに頼まれてお薦めメニューを試食する役割を担ってしまい、夕方のお茶の間に間抜け顔でカシミール・カレーを食べている姿が放映されてしまった片桐と言います。

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というわけで、テヘラン生まれで現在はアメリカ在住のHelenさんが2005年に発表した4枚目のアルバム「Toy」です。彼女はアルメニア系の出身なのですが、イランでペルシアの伝統音楽の教育を受けた後で、10年あまりヨーロッパを放浪したという経歴の持ち主で、そういったこともあってアルメニアやペルシア音楽をベースとしながらポップ・ミュージック的な多彩な要素をミックスさせた作品をこれまでに5枚発表しています。ドラマティックなイントロから変拍子的なリズムに乗せて景気のよろしいメロディーが続く「Merik」、ラウンジ風のチープな音のペルシアン・ポップ感覚に浮遊感を覚える「 Olor Molor」、映画音楽のようなロマンティックな雰囲気をもつバラード曲「Menutyun」、エスノ・トランスに処理された「Het Dartsir」、一昔前の日本の歌謡曲に通じる濃厚なエスノ・ファンク風味満点の「Khaghalik」、一瞬胡弓かと思ってしまうようなケマンチュの響きも鮮烈な東洋風のメロを持つ「Garun Ekav」、シャンソンをペルシアン・ポップに強引に融合させた「Pesan」、やはり擬似トランス的なリズムに演歌風の歌メロがかぶる「Takoon Ser」、この方面のアーティストのアルバムに必ず入っているフラメンコ・タッチの「Yaris Govem」まで、趣向を凝らしたエスノ的な音を前面に出しながらも、いわゆる西欧風のポップ感覚との微妙なずれ具合に居心地の悪さを感じてしまうようなアルバムではないかと思うのです。これはHelenさんがアメリカ在住ということが最大の要因なのかもしれませんが、彼女の意図したところがはっきりしないような気もします。異邦人としての視点がアルメニア・ペルシアを向いているのか、ワールド・ワイドを見ているかという境界が曖昧で中途半端な印象があります。
聴いていて楽しいのだけど、どこか胡散臭いという部分が惜しまれます。

試聴音源はこちらから
http://www.seslivoice.com/music/Helen(Toy)/index.php



     
麺類と並んで好きなものの一つにカレーというものがあって、西欧風のものであろうと、インドネシア風あるいはタイ風グリーン・カレー、はたまたカシミール・カレーなどとそれぞれお気に入りの店があったりして、そういった店の自慢の一品を食べていると妙に極楽気分を覚えてしまう片桐と言います。

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というわけで、異国ポピュラー音楽館の管理人kisaraさんに教えてもらったアルメニア出身のLia Kuroyanさんの今年発表されたアルバム「Khoir、Khoir」です。アルメニアのポップス・シーンに関しては詳しいわけではないのですが、Radio YerevanやWeb RadioのYerevan Nights.Comなどを聴いていると、立地条件や歴史的背景からペルシアン・ポップやチュルク・ポップに近い印象も感じられるエキゾティックな雰囲気とダンス・ミュージックを融合させたものが多く流れ、これまたエスノ系の琴線を刺激する音なのですが。。。ま、個人的にはこういった音にも弱いわけで、さらにこのジャケであることも含めてついついハマってしまうのですが・・・滝汗Like ナイアガラ。
で、Liaさんはkisaraさん曰く、「日本の『ギャル』もしくは『ヤンママ』みたいなケバいジャケットに、思わず目が入ってしまいました。こんな感じの人・・・近所に居そう。 (笑)」という名言を発しているのですが、まさにこんな感じの人が職場にいて、ついつい笑い出しそうになってしまうのが困りモノ(謎)。しかしながら、このイケイケ風(死語)の風貌とは異なってLiaさんは伝統歌唱の影響も感じられるやや太目の声で情熱的に歌っているのですから、そのギャップにちょっとタジタジとなったりもしますが。。。。。Dudukの音に煽られるが如きポップかつエスノな雰囲気満点の歌謡曲といったおもむきの「Siroum Em Kez」、ブリッジ部の変拍子や挿入されるエレ・ピ(マレット?)やクラリネットが印象的な「Krakot Achkere」、ペルシアン・ポップのテクノ的な解釈のようなキーボードとチープなストリングの対比がいかにも、といった感を覚えてしまう「Khosir – Khosir」、ロマンティックなオケを従えて朗々と歌い上げていく「Asa Vorgan」「Nerir Indz」、ちょっとレゲエっぽいリズムと次々に転調を繰り返していくチュルキッシュ風の歌メロが斬新に聴こえてくる「Kanchoum Em」、チュルク・ポップにZoukをまぶしたような「Tsnund d Shnorhavor」、Yerevanの夜に相応しいようなお洒落なラウンジ・タッチの「Dan Kez Sern Im」、ペルシア〜中央アジアのポップでよく聴かれる数え歌風のシンプルなフレーズが繰り返される「12 Amis」、大仰に盛り上がっていくようなバラード曲の「Mortsir Lsel」まで、割とオーソドックスなダンス・ビートにのったLiaさんの艶のある歌声が楽しめるアルバムだと思います。
特筆すべきはキーボードの音でしょうか。。。初期のデジタル・シンセのプリセット音をそのまま使ったような音色(意識的なのでしょうか?)にはちょっと驚きました。

試聴音源はこちらから
http://www.russiandvd.com/store/product.asp?sku=45104&genreid





     
ある人の披露宴にお呼ばれした時の話なのですが、その人はお寺の息子さんで本人もまた僧侶の道を歩んでいるといういたって真面目な人なのですが、披露宴にはそういった関連で坊主頭にスーツ姿という一瞬何事かと思うような雰囲気を漂わせる、その寺が所属する宗派のお坊さん方がズラリと並んでおりました。祝辞の段になると上座に座ったかなり位が高そうなお坊様が、スピーチというよりは法話といった方が正しいような難しいお話をされて、どんどん厳粛なムードに陥ってしまい、宴が進むにつれて披露宴というよりは法事に参加しているような気になってしまった片桐と言います。
というわけで、Nargizさんの「The Golden Cage」です。

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この人のインフォメーションが殆んどないので詳細は不明で、このCDが紹介されているサイトや名前、そして音楽の背景からおそらく中央アジア〜ウズベキスタンかタジキスタン〜少なくともペルシア文化圏の出身ではないかと思われるのですが。。。。確証は全くないです(滝汗)。
【追記】・・・と適当なことを書いていたら、kisaraさんから、ウズベキスタンの方であるという情報をいただきました。合わせてNargisかと思っていたら(超汗)Nargizであるという綴りのミスまで指摘を頂きました。おまけにNargizさんのHPまで紹介してもらいました。大変ありがとうございました。おどろおどろしいジャケットは裏腹にめちゃアゲアゲ系のエスノ・ポップが展開されていくのですが、曲の雰囲気やプロダクションがバラバラなので、あるいはこのアルバム自体がコンピ盤なのか、ベスト盤のような性格なのかもしれませんし、歌はあまり上手くないので女優さんの副業みたいなものなのかもしれません(Bioを見たら幼少の頃から音楽活動をしていたようですが。。。)。クリアーなヴォイスで切なげな情感をこめて歌う「Remember Me」、ペルシアン・ポップとトランスが融合したような(kisaraさんからこの曲は Lata Mangeshkar & Mohammed Rafi のヒット曲「Mein Chali Mein Chali」(1962年)が元ネタであるという情報をいただきました。)「Machari」、レゲエのリズムを借用した楽しげな(ノリ的にはついマカレナ!を思い出してしまいが。。。汗)「Namagan Apples」、Dick Leeもカバーしていた名曲を豪華なアレンジで披露している「Mustapha」、アトモスフィアなシンセを従えたアンビエントなバラード曲「Alla」、ヴォーカルにエフェクト処理を施した似非トランス(何故中央アジアにはこの手のトランスが多いのでしょうか?)「Yomgir」、これまたチープなパラパラ仕様の「Yip Yip」(ちょっと曲の毛色が違うなぁ〜と思っていたらアゼルバイジャンの伝承曲でした)、ゴア・トランスっぽい「City Of Dreams」、トライバル・テクノのスタイルを借用した「The Golden Cage」、アコ・ギをフューチャーしたトロピカル・ムード漂う「The Fogotten Song」まで打ち込みメインの安っぽい音が続くのですが、Nargizさん自身が楽しんで歌っているような印象を覚えますので、そんな気楽さも相俟ってトルクメニスタンのSirin Palwanowaさんと並ぶパチモン系エスノ・ポップとして結構気に入っている一枚です。

NargizさんのHPはこちらから
http://www.nargizmusic.com/

試聴音源はこちらから
http://www.russiandvd.com/store/product.asp?sku=29789&genreid

     

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このCDはずいぶん前に今は無き六本木WAVEで購入したものです。ネットで検索してもヒットしなかったので画像は彼の他のLP作品のものを掲示しました(謝X100)。
インドネシアのポピュラー音楽の基盤にはジャズやハワイアン、ラテンの影響がうかがえるのは承知のことだと思いますが、このRudi Wairataさんはインドネシアを代表するハワイアン・スティール・ギター奏者とのことで、1929年にインドネシア東部のTernateで生まれた彼は、幼い頃からSol HoopiiやAndy Iona.といったハワイの大物アーティストのレコードを聴き、スティール・ギターをほぼ独学で学んだようです。1950年前後から自身のグループを結成し、ラジオ番組に毎週出演したり、オランダにツアーに出かけたりと一時期は多忙なスケジュールを過ごしていたようですが、1955年頃にThe Amboina Serenaders名義で発表した「Goro Goro Né」「Sarinandé」といった曲の演奏は、当時のオランダのスティール・ギタリストに大変な衝撃と影響を与えたとのことです(この時期の演奏はDureco 1153312盤でCD化されています)。彼は多くの名義でのグループを率いていたようですが、この「The Beauty Of Indonesia」は晩年彼が活動拠点をオランダに移し?NEW POLYNESIANSというグループを率いていた1976年に録音されたもののようで初期の頃の典型的なハワイアン・ミュージックとは異なった甘口の歌が多くなってきたような印象もありますが、クロンチョンに通じるような優雅でゆったりとしたメロディーやアンボイナ地方の民謡を独自にアレンジしたトロピカル・ムードあふれる曲やインドネシア生まれという彼の出自をヨーロピアン感覚で表現したオリジナル曲といった具合に、伸びやかで大らかな演奏を楽しむことができると思います。どことなく南国ムードを感じるのはやはりイスラム色が薄い東部出身のせいでしょうし、リズムの使い方などは一瞬PNGに近い印象もあります。入手は今となっては困難かもしれませんが見かけたら是非どうぞ。

彼の録音が1曲YouTube.comにエントリーされています。
http://www.youtube.com/watch?v=Wns1X3s3uzM



     
暦の上でも立春を過ぎ、なんとなく春めいたような華やかな気分にひたって思わずちょっと嬉しい片桐と言います。
何気に麺類が好きな片桐なのでありますが、やはり麺類といえばラーメンにかぎるわけでして、現在取り組んでいる仕事の関連で出先に赴いたときには、必ずその地域の美味いと評判の店を訪れては舌鼓を打っている有様なのはもちろんのこと、本棚には各地の地方出版社編集のラーメンを紹介した本が並んでいたりするわけで、例えば「しずおかのらーめん100」などというムック本を書店に注文して届いた時には小躍りしてしまったりもするのですが、それじゃ、実際にそこでエントリーされている「昔ながらの中華そばで人気 カナキン亭藤枝本店」に足を運ぶかと問われれば、いつかは行ってみたいと思うもののただただ写真を眺めながら味を連想するのみといった日々を送っていたりするのではありますが、そういうことを繰り返していくとエンゲル係数ならぬメンゲル係数の数値がどんどん上昇していくのであります。
と、いうわけでブルガリアお姉ちゃん軍団とセルビア美女軍団ばかり続いたので、気分を変えてアルバニアのSoni Malajさんの最新アルバム「Nie Me Dy」です。

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とはいうもののブルガリアとセルビアとアルバニアのポップ・ミュージックの差を述べろと言われても、せいぜい歌っている人が違うとか、歌っている言葉が違うなどなどとしか答えれらず、要はあの手のエスニックな音にロックやらトランスやらソウルやら雑多な要素を詰め合わせただけというものであって、興味がない人には全く同じに聴こえてしまうのは当然といえば当然なのです。アルバニアという国の立地条件や歴史的背景からも理解できるとおり、この国の文化にはギリシャ、チュルクの影響が強いのですが、実は伝統的な音楽という面からは案外その影響は及んでいません。こういった他文化との融合を担ったのはロマ(俗にジプシー)と呼ばれる方々で、彼らが中近東あるいはギリシャの音楽をアルバニアに持ち込み一つの音楽的な集団を形成した一方で、アルバニア人はモノフォニックな合唱を主体とした音楽を築き上げました。そういうわけでLenora Jakupiさんにしろ、このSoni Malajさんにしろ、アルバニア本国ではなくコソボ自治州に在住のアルバニア系住民ということで、彼女達が演っているポップ・ミュージックの中核にはロマの方々が広めていったバルカン・ポップが根づいていて、そこにアルバニア本来のトラディショナルな感覚をまぶしていったという方が正しいのかと思います。それはセルビア=クロアチアやブルガリアあるいはマジャールといった地域でも同様のことで、逆に言えば、それだけロマの方々が広めていったバルカン・ポップのエッセンスが耳に馴染んでいるということにもなります。片桐のBlogで紹介されている音盤のどれもが国を問わず音的に似通っているという理由がそこにあるのです。言うなればこの地域のポップ・ミュージックは共通の地盤となるロマの要素と各民族の出自の違いがミックスされて出来上がったものに、更に西洋的なポップ・ミュージックの衣をまとっているというものなのです。

試聴音源はこちらから
http://www.albanianmusic.com/
cd.php?s=9468d8f5c5aa253a0c0226ed4705700c&cdid=788





     
人口が3万人程度の町に住んでいる片桐と言います。
CDの大半は海外も含めて通販で買う方が多いのですが、こういう小さな街の利便性?として郵便局員が同じ町内会で、しかもソフト・ボール・チームの同僚ということがあります。当然の如く片桐宅を知っていることもあって、夕食後に家族でバラエティ番組を見ている最中に玄関のチャイムが鳴って、インターフォンから聞き覚えのある声で「片桐さ〜〜ん、ブルガリアからCD届いているよ〜〜」と私服で届けてくれるというのは非常にありがたいことなのであります。その郵便局員氏によれば、この町にブルガリアやらセルビアやらから郵便が届くのは片桐宅のみらしいです(笑)。ちなみに国内サイトの場合でもペリカンさんやら黒猫さんやら飛脚さんといった業者さんのドライバーさんも同じ町内の顔見知りなので仕事帰りに届けてくれるのです。
というわけで、まだまだ続く旧ユーゴのお姉ちゃんシリーズなのですが、今回はジャケ通りにエロエロでイケイケなGoga Sekulicさんの2度目のご登場になります。既にkisaraさんの「異国音楽館hamehcheez」でも紹介されていますが。。。滝汗。


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この人はモンテネグロ出身で前作まではCity Recordsからエスノ的にもポップ的にも秀作といえるアルバムを出していたのですが、30歳を目前として(彼女は77年生まれ)、突如として方向転換というか、モデル出身という出自を生かしたというべきかGrand Productionに移籍してのクラブ・ミュージック系路線が大成功をおさめたわけなのですが、ハスキーを通り越してドスのきいたとしか表現できない低音のヴォーカルと煌くようなテクノ音の組み合わせはさすがに年季を感じさせます。シンプルな打ち込みのベースラインのみでGogaさんがダンサンブルに歌う「Gacice」、男性ゲストの伝統的歌唱のせいもあって妙に演歌っぽい雰囲気もある「Tvoje oci」、チープなシンセとファズのきいたギター、それに歌メロが奇妙なユニゾンを聴かせる「Premalo, premalo」、70年代ディスコ・ミュージックのバルカン的翻訳とも言えそうな「Stara nova devojka」、挿入されるシンセ・ソロのトラディショナルなメロディーも印象的なユーロ・トランス風の「Srce na pauzi」、 これまたディスコ感覚いっぱいの「Moj novi decko」、Gogaさんの声もあってやたらと情念を感じさせるような深みのあるバラード曲「Kriva sam」、トライバル・テクノ歌謡の「Nisi ti nizasta」、エスノ+ブレイク・ビーツを組み合わせた大ヒット曲(ギリシャの男性歌手ヨルゴス・マゾナキスの 「Nikotini」 のカバー)「Sexy biznismen」、最後もイケイケ系エスノ・ハウスの「Moze, moze」と、一つ間違えば陳腐になりがちなサウンド・ワークをGogaさんの強引に押し切ったようなヴォーカルで一気に聴かせてしまうような作りになっているのですが、安っぽいシンセの音といい、You Tubeにアップされたお水っぽい映像といい、まさにキャバクラ的なイメージぷんぷんなのですが、本人がいたってそれを楽しんでいるようなのでこれまた脱帽するしかありませんね。Ana Kokicさんの時にも言ったのですが収録時間短過ぎ……(-。-) ボソッ。40分未満はちょっと不満かも(笑)。

試聴音源はこちらから
http://www.myspace.com/gogasekulic



     
ここ数日間、怠惰な日々を送っていた片桐と言います。
何をしていたかと問われれば、それこそ何もしていないというわけでもなく、お気に入りの窯元さんのところで窯出しの品定めをしながらブリティッシュ・フォークの話をしていたり、新年会という名目で開かれた宴席でお姉ちゃんをナンパしていたりと、それなりに非生産的な活動はやっていたのではありますが、要は今週から始まる一大プロジェクトを前にして鋭気を養うという口実で、ダラダラと時間を無意味かつ無駄に使うのも一興であると思った次第なのであります。


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というわけで、ブルガリア隊もフィンランド隊もまだ帰還していないようなので、もう少しセルビア・クロアチア隊に奮戦努力してもらおうと思い、またもやセルビアかいな!という非難囂々の声を一身に受けてのEmina Jahobicさんのアルバム「Radije ranije」が「ナゴヤハローさん迎撃体制企画」の第2弾になります。一部では東欧のPenelope Cruzと呼ばれているEminaさんなのですが、この水着系ジャケからするとこれまたイケイケ系のエスノ・トランス路線かと思いきや、ヨーロピアンな感覚とバルカンのエッセンスがうまく組み合わされたポップ・アルバムになっていて、さすがにCity Recordscらしいエロエロとは一線を画したファンタジックな一面も備えた内容に仕上がっています。ゴージャスなエスノ・ファンク風の「Radije ranije」から始まって、ブラス音も導入したバルカン・ズーク的な「Dal ona zna」、アコをフューチャーしたアンニュイな「Crno i bjelo」、ギリシャ的な感覚をストリングで包み込んだロマンティックな「Tvoja greska」、ユーロ・ディスコ風のシンセ・サウンドにのせて情熱的なヴォーカルを聴かせる「Ziveo」、アコースティックな音を主体としたバラード系キラー・チューン「Pola ostrog noza」、さりげなくレゲエ・タッチの「Skini ruke s mog vrata」、幽玄でアンビエントなサウンドの「Molim te」、イケイケ系エスノ・テクノ歌謡の「Ona nije ja」、中華風にもアラブ風にも聴こえるシンセが耳に残る「Bez problema」、オリジナルをエレクトロニカ風にリミックスした「Molim te remix」、R&Bを意識した「Voljela te il ne voljela」、切ないメロディをドラマティックに歌い上げるといった感のある「Uzalud se budim」まで、Emina Jahovicさんの綺麗な声を生かしたサウンド・プロダクションなのですが、デビュー・アルバムということもあっていろいろと詰め込んでしまった挙句に、ちょっとバラバラで全体的に統一感というものには欠けているような気はあります。ジャケットがエロっぽいのとは好対照にCity RecordsのHPでは清楚なお嬢様風のフォト・セッションが掲載されているので、まだヴォーカリストとしての路線が定まっていないというところでしょうか・・・・・。内容の良さと反比例してプロデュースの難しさを感じる一枚でもあります。

試聴音源はこちらから
http://www.myspace.com/eminajahovic





     
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何か最近東欧(含むギリシャ・・・汗)のお姉ちゃんのポップ・ミュージックのBlogと化している不条理音盤委員会の片桐と言います。と、前置きなしながらBeograd出身のAna Kokicさんの昨年のアルバムを紹介するのには、別に深い意味があるわけではなく、単にナゴヤハローさんに煽られただけであり(笑)、すなわち「ナゴヤハローさん迎撃体制企画第一弾」になります。セルビアのポップ・シーンでは王道を歩むCity Musicとエロ姉ちゃんが多いGrand Producitonがしのぎを削っているようですが、Ana Kokicさんも後者に所属していて、気がついていみれば以前紹介したGoga Sekulicさんもこっちに移動してきて「Sexy biznismen」がヒットしてますますエロに拍車がかかったのは嬉しい限りです(笑)。Ana Kokicさんにしろ、Goga Sekulicさんにしろ基本的にはバルカン・エスノ・ポップとクラブ・ミュージックを巧みに組み合わせたもので、元々テクノ〜トランス好きな片桐としてはこういった路線には思わず手が伸びてしまうというのはいたしかたない事実とはいえ、こういったセルビアやらブルガリア国内で大流行しているヒット曲をわざわざ日本で楽しんでいるということ自体マニアックであり、それでは当の本人はどう思っているかということを以前あるアーティストにファンレターという形で訊いてみたら、そもそも日本がどこにあるかさえ知らなかったというお決まりのオチまでついたというのには笑うに笑えず、お世辞半分でしょうが、一度は日本でライブをやりたいとか言っておりましたが、彼女の望みは到底適わないだろうと思ってしまったりもします。ハウス・ビートにのせてAnaさんがエネルギッシュなヴォーカルを聴かせる「Mojne mala」、バルカン・ポップの定番とも言えそうなトライバル・テクノ風の「Cujem da」、歌謡トランス風の「Da li si to ti」、スローなメロをハスキーな声で歌い上げる「Slobodno」、これまた定番のアコとギリシャ風のアコ・ギをフューチャーした哀愁漂う「Ti mene lazes」「Dobro da dobro sam」、ゲストのDokterと共にブラック・コンテポラリーなデュエットを披露する「Paucina」、 打ち込みを主体としたチープなチュルク・ポップ的感覚が微笑ましい「Mrlja od karmina」、室内楽的なオケを従えたクラシカル・ポップ的な色合いも感じられる「Samo mi javite」まで、ジャケのエロ姉ちゃんぽい表情そのままの一大バルカン・クラブ・ポップ・ミュージックを展開しているのですが、こういった、まさに混血・遊び化するエスニックという定義を十分反映したようなAna kokicさんのこのアルバムは、自分の文化コードを意識的に解体しながら、自分の鈍った感性をリフレッシュさせてくれるという意味でも意義があることではないかと密かに思ったりもします。ただ惜しむらくは収録時間が短い……(-。-) ボソッ。

試聴音源はこちらから
http://lavamus.com/Album/2217148/Ana_Kokic/Mojne_Mala/mp3/?lsid=da4f7a2959eae5778e2b09885f239561




     
特に深い意味があるわけではないのですが、Blogのアクセス解析なんぞ設けてみました。面白いことにこの「不条理音盤委員会」を訪れてくれる方々の中にわざわざJelena RozgaさんやLeonora Jakupiさんの名前を検索した挙句にたどりついた方もおられます。それもクロアチアやセルビア、そしてアメリカから。。。そういった方々は日本語で何が書いてあるのか理解らずにそのまま立ち去ったのか、それとも読んでみてこのBlogはアホじゃ!と思って足跡だけに止めたのかは神のみぞ知る、蟹の味噌汁なんでしょうが。。。。

というわけで、ブルガリアのKaliさんの3rdアルバム「Shesto Chuvstvo」です。

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ジャケットからはまるでイタリアのシンフォニック系バンドのSemiramisのジャケットの男性の娘のようにしか思えませんが・・・滝汗。


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それもその筈彼女はPayner MusicではなくAra Audio Videoの所属だからなのかもしれません。Paynerはお姉ちゃんのCDが売り上げの大半を占めているというまさに吉原の女郎屋のようなレーベルなので、お姉ちゃん達をケバくは見せますが、グロくはしません(笑)。そういったことをKaliさんとそのスタッフ連中は知ってか知らずしてか、毎回無茶苦茶なことをしてくるので、彼女のアルバムは楽しみが多いのですが今回もまたまたやってくれたなぁ〜〜といった感動的な名作に仕上がっております。冒頭からチュルク風味をまぶしたジプシー・ブラスと情熱的な男性ヴォーカルをフューチャーした「Katastrofa」という荒業から始まり、バルカン・ブラスとラテン・ポップを混ぜ合わせてユーロ風にアレンジした「Kato za dvama」、レゲトン・タッチの歌メロに哀愁のサックスが絡む、あえぎ声も悩ましげなキラー・チューンの「Pret-a-porter」、トルコのエロエロ女王Gülşenの名曲をパクった「Of – of」、Kaliさんお得意のインドのエッセンスとゲストの怪しげなラップを組み合わせた「Chuzhda」、大仰なストリングを背後に従えて、アラブ〜インド周辺の音楽を一気に詰めこんで、これまたKaliさんもドラマティックに歌う「Obeshtavam ti」、ギリシャ風のバラード「Drugata」、ヒップ・ホップ的なビートを導入したEnigmaのブルガリア版みたいな「Shesto chuvstvo」、小気味良いギターのカッティングが印象的なファンク色濃い「Niakoga」、更にインド色を増して原色サイケ歌謡に変貌した「Chuzhda (remix by EDIT)」、エレクトロニカ〜テクノ風にリミックスされた「Drugata (remix)」、ハード・ロック調のギターも聴かれるR&B風の「Dve lajiKali 」まで、でら痛快な仕上がりのアルバムとなっています。トルキスタンにSirin Palwanowaさんあれば、ブルガリアにKaliさんありと片桐に言わしめる、極めて不条理音盤委員会的な一枚であります。

試聴音源はこちらから
http://www.bulgarian-music.com/cd-939-Kali_-_Shesto_chuvstvo





     
先日めちゃ綺麗なお姉ちゃんに「カブ要りませんか?」などと声をかけられたのですが、すっかり証券会社の人と思いこんでいたので、「あまり興味がないもので。。。」と答えたら、「寒い冬は鍋とか煮物にも良いですよ〜〜」と言うものだから、よくよく話を聞いてみたら、某地区の農業団体の移動販売だったということで、つい大きなサイズを2個も買ってしまって、カブと牡蠣で中華風のクリーム・シチューを作ってしまった片桐と言います。
というわけで前回名前を出した在米カンボジアン・ビューティーChhom Nimolさんと怪しい顔つきの腕達者の5人の男たちからなるクメール・サイケデリック歌謡バンドDengue Feverの2ndアルバムです。

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ロリータ・ヴォイスにギンギンのエコーをかけたアジア的な節回しのヴォーカルと、オルガンを前面に打ち出したアシッド・ロック的なサウンド・プロダクションはまさにオルタナティヴであり原色サイケの世界です。といっても決して極彩色のサイケデリックというわけでもなく、かなり日本の演歌や歌謡曲に近いムードを備えているのもまた事実ですので案外抵抗感なく聴けるのではないかと思われますが(自信なし・・・個人的にはこれまた一家に一枚級)。ハードなオルガンを前面に打ち出したオリエンタルかつアシッド感あふれる「We Were Gonna」、中華ポップにも通じる歌メロとオルタナ的なサウンド・ワークがきっちり結びついた「Sui Bong」、70年代のカバー曲であるらしい「Tip My Canoe」、アジアン・フラワー・チルドドレンといった感じの曲想と挿入されるギターが奇妙にも三味線のようにも聴こえる独特のムードをもった「Tap Water」、広大なメコン・デルタの水田地帯が目に浮かぶような瞑想的でサイケデリック感に満ちた「Sleepwalking Through the Mekong」、 過剰ともいえるようなエコー処理を施し、まるでHawkwindのようなスペース・ロック風に展開していく「One Thousand Tears of a Tarantula」、粘着質のあるサウンド・ワークを従えて軽やかにChrom Nimolさんが歌うい「Escape from Dragon House」、呟くような男性Voに続けてChromさんが朗々と歌い上げるようなミディアム・テンポの「Made of Steam」、アメリカと言うよりはUKネオ・サイケの名曲のフレーズをコラージュしたかのようなインスト曲の「Lake Dolores」、ちょっとジャズっぽい雰囲気も漂う「Saran Wrap」、ギターとパーカッション、それにわずかに鍵盤類がサポートする最後を締めくくるようなしっとりとした「Hummingbird」まで、サイケデリックといった意味ではかなりハードで強烈な世界が展開されているのですが、同じアジア人として聴いているとどこか郷愁のようなものも同時に感じられるような摩訶不思議な感覚を覚えてしまう作品でもあります。そんな自然体とも言えそうなChrom Nimolさんのヴォーカル・スタイルはやはり天下一品の部類に入ると個人的には思っています。

公式サイトはこちらから
http://denguefevermusic.com/v2/
試聴音源はこちらから
http://www.amazon.com/Escape-Dragon-House-Dengue-Fever/dp/B000ALZHJ8#moreAboutThisProduct






     
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マニア街道を突っ走っている片桐と言います。
世の中には頭がクラクラとくる音源無数にあれども、このトルクメニスタンの女性歌手ŞIRIN PÄLWANOWAのセルフ・タイトルのCDとカセット作品「2001」を聴いた時にはマジで意識が飛びました(爆)。彼女は画像にも掲げたとおり、おそらく生粋のトルクメン族だと思うのですが流れてくる音楽はチュルキッシュであり、カリブであり、インドであり、ヨーロッパでもあるというハイブリッドというかミクスチュアーというか、とにかくエスノ好き&隙間音楽好きの人にはたまらないと思われる音が、チープとしかいえないサウンド・プロダクションとロリータ・ヴォイスで次々と繰り広げられていきます。彼女に匹敵するのはカンボジア系アメリカ人を中心とするユニットDengue Feverくらいなものではないかと勝手に思ったりもしています。インド風味を少々まぶした打ち込み系エスノ・ポップ・サウンドの「Oka-Oka 」、フニャフニャなシンセにのって、男性が彼女を絶賛するアジテーションのみの「Tanidma」、ゴア・トランスにも近いダンス・トラックの「Gel Ýaraşaly」、ペルシャ・ポップに近い感触の「Jeren Daýza」、シャンソンと中近東が合体したような「Intizaryn」、やはりヨーロピアンな雰囲気の転がるピアノとカシオ・トーンのような安っぽい響きが交錯する「Gözlese」、オーケストラ・ヒットとブラスが炸裂するスカの「Awçy」、脱力感あふれるレゲエ調の「Ýarym」、やはり中近東サウンドをダブ的に処理した「Wah-Wah」、ジプシー・キングスのような妙な哀愁をもったルンバ・フラメンコ的な「Çeşmeler」、つい「ウシュクダラ」を思い出してしまうようなイントロのチュルク・ポップの「Ýar Diýsem」、数え歌のようなインド〜アジア風の歌メロの「Gel Bäri」、マズルカ・クレオールのような印象もある、男性ヴォーカルとの掛け合いナンバーの「Duet(ジャケットにそう書いているのです・・・笑)、やはりフラメンコというかスパニッシュ的なイメージが漂う「Märiban」、最後を締めくくるはズークというかランバダをパクったというべきか、サンバ+メレンゲの「Diwana-Diwana」と、いかにも不条理音盤委員会的な一枚なのですが、そのパチモン的なプロダクション・ワークと反比例して結構歌そのものは上手いです。これぞ、まさに一家に一枚というべき至宝の存在なのかもしれません。

試聴音源はこちらから
http://www.turkmens.com/Pop/Sirin.html




     
東南アジアからアフリカと幅広い音楽を聴かれていて、その守備範囲の充実さに思わず感心してしまうNAKA-036さんの「偏愛音楽機構」でも紹介されていた一枚でありんす。

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中央アジアのウズベキスタンの歌姫というか国民的歌手であるYulduz Usmanovaさんの1994年の「Alma Alma」です。ウズベキスタンの首都タシュケントの音楽学校を卒業後はセミ・プロのような形で結婚式などで歌い続けてきたようですが、1991年の「Voice Of Asia」フェスティバルで一躍注目されて制作されたのがこのアルバムです。彼女はインナーの写真や名前からは純粋なウズベク系ではなくスラブの血も入ってるような気がするのですが、彼女の紡ぐ歌はウズベク族の伝統に基づいていて、各種民族楽器や打ち込み・シンセ音を効果的に配したトラディショナルな雰囲気に満ちていてトルコでも人気があるとのことですが、イメージ的にはチュルクというよりはギリシアあたりに近い印象もうけます。また全体的に漂うアンビエントな感覚は共同プロデューサーとして名を連ねているECM周辺のアーティストでもあるLenny MacDowellの手腕なのかもしれません。いかにもといった打ち込みとシンセのポップ感覚あふれる楽しさ満点の「Jeli-Jeli」、ネイを意識したようなフルートがジャズっぽくもあり、ペルシアっぽい雰囲気もある「Maida」、勇壮な男性コーラスを従えた壮大な曲調の「Uchir-Uchir」、 中央アジアの草原が思い浮かんでくるようなルバーブ?のソロも印象的な「Schoch va Gad」、アコーディオン(シンセ?)をフューチャーしながらもウズベク伝統歌謡を忠実になぞったような「Turkmen Kizge」、ギジェックをフューチャーし、レゲエに通じるようなリズムも心地よい「Yor-Yor」、伝統的な歌詞にポップス風のメロをつけたポップ・バラードの「Tschr Mischod」、ギリシャ・ポップに通じるような音作りを感じる「Kunglim Guli」「Hamoz」、アラブ風に味つけられたアンビエント的な「Otayon」、現在のチュルク・ポップにも近い感覚がある斬新なアレンジの「Kisil Alma 」まで、コブシをころころ回す伝統的な唱法の彼女の声と奇妙な浮遊感に満ちたサウンドが交錯する作品に仕上がっています。ただ、惜しむらくは一部の打ち込みやシンセの使い方に顕著なのですが、良くも悪くもワールド・ミュージックというカテゴリを意識したような作りがちょっと気になってしまいますね(発表年度を考えればいたし方もないのですが。。。。。)。

Yulduz UsmanovaのHPはこちらから
http://www.imzadi.nl/Front/Yulduz.html
試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/
search/xx/music/pid/1457967/a/Alma+Alma.htm






プロフィール

Author:片桐真央(Mao.Katagiri)

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