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不条理音盤委員会 692 Anthony Moore 「Pieces From The Cloudland Ballroom」
- 2011/07/20(Wed) -
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ま、こういう実験音楽というか前衛音楽をいうものをわざわざレビューするというのもあれなんですが(どれ?)、Slap HappyのAnthony Mooreさんが71年にリリースしたミニマル的なアルバムです。彼が何故こういった分野に興味を持ったのかは正確には知りませんが、やはりドイツの前衛的なグループであるFaustのメンバーと知り合ったことがアルバムの制作の動機になっているのかもしれません。Mooreさんはこのアルバムを含めドイツ・ポリドールから3枚リリース(1枚はお蔵入りで後年発掘音源としてリリース)していますが、どのいずれもが単純な構造の音響工作的な作品で、意味性を持たない音や声の塊がひたすら繰り返されるというもので、ギリギリの線で「音楽」というラインにとどまっているというべき極めて商業性を回避したような無機質な特異なものです。
Ulf Kenklies、Glyn Davenport 、Gieske Hof-Helmersという男女3人がピアノの和音を上を延々と言葉遊びのような歌詞を20分続ける「Jam Jem Jim Jom Jum」、トイ・ポップのような不思議な音色のミニマル・アンビエントな「Mu Na H-ulie Nil A Shaolies」、FaustのWerner Diemaierがハイハットで参加した「A.B.C.D.Gol’fish」までUwe Nettelbeckのプロデュースの下でミニマル・ミュージックの限界のような音が展開されていきます。
もちろんテープ・ループではなく、おそらくはスタジオでの一発録音のような可能性が高く、A面全てを使用した「Jam Jem Jim Jom Jum」ではそれこそ声楽パートでの微妙なリズムの揺れや、ピアノ・パートでのモアレを感じることが出来ますし、そういった揺らぎ自体は他の2曲でも同様に見受けられるので、そこからグルーブ感のようなものを聴きとることは可能だと思います。しかし、そういった音楽の揺らぎが不明確な故に、例えばライヒやグラスの曲のように意図的なものなのか偶然の産物なのかはちょっとはっきりしません。
ある意味、本当にシンプルなフレーズの繰り返しなので催眠効果が充分にあることだけは保証出来ますけどね。


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不条理音盤委員会 688 Catherine Jauniaux  「Fluvial」
- 2011/05/24(Tue) -
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世の中には知らなくともよい音楽が数多あって、その中でもレコメン系と呼ばれるジャンルに一枚でも手を染めてしまうと、その内容の素晴らしさに雷に打たれた如くの衝撃を受けてしまい、次から次へとアルバムを買い漁るようになってしまうものの、かの人脈の広がりは凄まじく、それが故に一財産失う者や家庭不和、一家離散といった憂き目に遭う者も少なからずいると聞く(現代プログレ民話全集より…大嘘)。
というわけでCatherine Jauniauxなる女性はAkasak Maboulの2ndアルバムの冒頭曲で世にも奇天烈な歌を披露していたことで著名であるが、この「Fluvial」なる作品は83年に発表された彼女にとっては唯一のソロ名義の作品となる。彼女の天衣無縫なヴォーカリゼーションを支えるのがTim Hodgkinson、Chales Bullen、Lindsey Coopr、Tom Coraといった達人たちであり、そもそも彼らの各々がおそるべく手練れである以上、このクレジットだけで買うというのは間違ってはいないのである。まさにアヴァン・チェンバー・ポップでかつコケティッシュな魅力に富む隠れ大名盤とも言うべき一枚なのである。
木管楽器と不穏な音のパーカッション、それにCathrineの声を複数絡ませた小品の「Dream」から始まり、ワルツのリズムが底辺を刻み、ポコポコと鳴り続ける木魚のような音や街中のざわめきのようなノイズが錯綜する狂乱の「Une Escadrille de Sorcieres」、ほぼアカペラで歌われる中で、中盤になってピアノが一つのコードのアルペジオを弾きながら霧の中に消えていくような趣きのある「Sweet Smell」、軽快なタンゴ風の「Doreso Trei Babys」、ハンド・クラップ(?)と変な掛け声、妙にアジアンチックなギター、そしてがなり立てるようなヴォーカルと聴いているとカオスの真っただ中に突き落とされること間違いなしといった感のある「Copul's Humus」、ラテン風の金物が土俗的なビートを刻む上をいくつかのヴォーカルがミニマル的に重ねられていく「Kebadaya」、ブレヒト・ソングをズタズタに解体した挙句にナレーションと変調ヴォイスの繰り返しといった実験的な作風のアレンジを施した「Origine des Femmes」、フェイクなアフリカン・ポップ+わらべ歌のようなストラビンスキーの曲の自由解釈版「Tilimbom」、フラメンコ風のギターと共に歌われる「Chanson de la Fraternisation」、インダストリアルにも近い破壊的な各種楽器のアンサンブルが暴れまくるタイトル通りの「A Devine Image」、退廃的なキャバレー・ソングのような「Infant Sorrow」、軽やかに歌われる「The Dancers Under the Hill」まで緻密に構成されながらも、フリーキーで鋭利な音楽がここでは展開されている。
レコメン系という面で考えるならばArt Bearsとの類似点を指摘するのも容易なのだが、この盤で繰り広げられている情景は決して英国のものではなく、大陸的な感性であるということを忘れてはならない。それはCatherine Jauniauxがベルギー人であるということのみならず、音の一つ一つが外部に向けて放出されて拡散しているといった印象によるものである。英国レコメンに特徴的な内的な閉鎖な音はここには無いのである。
参考としてyoutubeから音源を一つだけ提示しておく。



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不条理音盤委員会 684 Chris Squire  「Fish Out of Water」
- 2011/05/20(Fri) -
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「未知への飛翔」という邦題が付されたYesのベーシストChirs Squireが1975年に発表した唯一のソロ・アルバムです。「Relayer」をリリースした後にYesのメンバーは各々ソロ・ワークに取り組み始めるのですが、ChirsもまたBill Bruford (Dr、Per)、Mel Collins (Sax)、Jimmy Hastings (Flute) 、Patrick Moraz (Organ、Syn)、Barry Rose (Pipe organ) 、Andrew Pryce Jackman (Pf) といった面々と共にYes的なプログレを基盤としながらも、そこにブリティッシュ・ロックの伝統的な風味を添えた一癖も二癖もある音楽を作り上げました。
パイプ・オルガンとベースが炸裂する中で、妙にJohn Andersonに酷似したChirsのヴォーカルが聴かれるもろYes的なシンプルでストレートな(エンディング近くにはオーケストラも入りますが) 「Hold Out Your Hand」、ピアノをメインとした牧歌的なバラードに、ドリーミーなフルートが導きながらスキャットやブラス、そしてストリングスが次々とオーケストラルな色彩を付していく、ブリティッシュ・ロック(というよりはThe Beatles)的な「You By My Side」、Jimmy Hastingsによるさすがのフルート、オーボエによるジャズ風味をまとった夢想的なイントロ~、そこを突き破るように突如として乱入してくるテンション高めのアンサンブルが徐々にインタープレイ的にスリリングな中盤~沈黙の一瞬を経て再度転がるようなピアノをメインとした落ち着きのある演奏にストリングとややきつめのエッジのギターが絡み合いながらどんどん上昇していくような錯覚を覚える雄大な曲想の大作「Silently Falling」、Mel ColinsのサックスとPatrick Morazのエレ・ピを中心としたYESでは到底考えられないAOR風のメロウな感覚の「Luckey Seven」、オーケストラルなイントロからYES風のラメントぽいドライブ感あふれる展開になりながらも、何ゆえかThe Beatlesっぽい要素が混在する曲想が印象的な「Safe(Canon Song)」まで、Yesらしさを多分に残しながらも、そういった面とは異なったChirisの顔を垣間見れるようなアルバムになっています。
無論彼の弾きまくるベースを思う存分堪能できますし、やはり何といってもBill Brufordの引き締まったドラム・ワークを聴けるのは嬉しい限りです。このリズム隊はやはり最強ではないかとさえ思えてきますね(反論受け付けません)。
参加メンバーも含めて、ある意味での異種格闘技とも言えそうなこの一枚、「未知への飛翔」という邦題がピッタリだと思うのですが、さすがにこのアルバムでやっていることは本家YESでは実現できそうにもない部分が少なからずあって、どこか本家での欲求不満解消のためにやんちゃしたと感じるのは片桐だけでしょうかね(笑)。
とりあえず「Lucky Seven」だけ。。。。



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不条理音盤委員会 663 Antonio Sangiuliano 「Take Off」
- 2009/09/06(Sun) -
髪がちょっとウザくなってきたので切ろうと思った片桐と言います。
しかし、何故にどこの理容室でも「だいぶ伸びましたね~~」という挨拶から始まるのかが謎。伸びたから切ろうと思っているんじゃん!?という突っ込みは決してしてはならないのだろう、という暗黙の了解でもあるのだろうか?という疑問を覚えてしまいますね(笑)。

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と、いうわけでイタリアのソロ・キーボーディストAntonio Sangiuliano氏の唯一のアルバム「Take Off」(1978年)。
MoogやARPといったアナログ・シンセ、Mellotron、Clavinett、Harpsichord、Hammond、Pianoといった各種の鍵盤楽器を幾重にも多重録音した一大シンセ・オーケストレーション絵巻が次々に展開されていくのですが、打楽器奏者やソプラノ歌手のゲストを一部加えた氏の世界は決して難解なものではなく、クラシカルなフレーズにロックのダイナミズムを違和感なく融合させたスケール感の大きい作品になっています。
Mellotronのドーン・コーラスによる荘厳な印象のあるオープニングから、シーケンスぽいミニマル・パートを挟んでクラシカルなフレーズが美しく絡み合いながらコラール風に展開する旧A面全てを使用した「Time Control」、リリカルなイントロから、エキゾティックなメロディーとロック・ビートが交錯する展開部を経て、雄大なイメージを内包したカデンツァで幕を閉じる「Saffo's Gardens」、イタリアン・ロックの伝統を踏まえながらバロックとストラヴィンスキーが合体したような複雑なアンサンブルを経て、最後はタイトル通り飛翔していく(3.2.1というカウント・ダウンの声が入ります) 「Take Off」までテンションの高いインストの大曲3曲が収録されています。時代的なこともあってシンセの音色はかなり古めかしく感じられ、また極端なほどに大仰かつドラマティックに繰り広げられる演奏は冗長な側面も感じてしまうのは否定できませんが、どこか近未来的なSFのようなきわめてイマジネーションに満ちたアルバムだという気がします。
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不条理音盤委員会 661 VERMILION SANDS 「WATER BLUE」
- 2009/09/03(Thu) -
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80年代に活動していた日本屈指(唯一かも)のフォーク・プログレバンドVermilion Sandsのアルバム「Water Blue」です。このバンドの特徴といえばやはり蝋山陽子さんのAnnie Haslamを思わせる包み込むような柔らかいヴォーカルとブリティッシュ・トラッドを基盤にしたようなアコースティックなアンサンブルということになります。演奏テクニックや曲の洗練度といった面からはあまりハイレベルとは言えないのかもしれませんが、幻想的でかつシンフォニックな色彩に彩られたキーボード・サウンドや、日本の歌謡曲を思わせるようなノスタルジックな和風のセンスの取り込み方がそれを補って余りあるのではないかと思います。
荘厳でクラシカルな雰囲気をもったトラッド色が濃い「My Lagan Love」から始まり、祭り囃子を連想するようなリズムやフレーズが飛び交う前半部から、CamelやYesを意識したようなアンサンブルに移行していく「時の灰」、ゆったりと歌うギターが美しい「In Your Mind」、風のSEと共にタイトでドライブ感あふれる演奏が繰り広げられる「CORAL D - THE CLOUD SCULPTORS」、日本的情緒をたっぷりと含みこんだアコースティックな小曲「北本」、パストラルな雰囲気を持ったフォーク・ロック風の「Living In The Shiny Days」、爪弾かれるギターとドーン・コーラス風のシンセに導かれて蝋山さんの天使降臨系ヴォーカルが天空を響き渡る「The Poet」、Genesis風のシンフォニック・サウンドが静かな盛り上がりを徐々にみせていく「The Love Is The Cage」、蝋山さんのヴォーカルが一瞬Kate Bushのように聴こえて仕方がない「In The Night Of Ancient」まで、全体的にスロウ・テンポのバラード風の曲が多いのですが、そんな繊細な演奏の中から蝋山さんの儚げながらも伸びやかなヴォーカルが夢心地へといざなってくれるような錯覚を伴った極めてファンタジックでイマジネーションに富んだアルバムだという気がします。
このバンドはメンバー交代や活動休止を数度行ったりと、活動そのものが順調ではなかったようなのですが、2004年には蝋山さんが若くしてこの世を去ってしまったことによってバンドそのものが活動を停止してしまいます。
非常に惜しまれることであり、あまりにも残念でなりません。

「The Love Is The Cage」のライブ映像。。。



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不条理音盤委員会 659 Tellah  「Continente Perdido」
- 2009/08/14(Fri) -
にょろりと行った街に温泉があるので、日帰り入浴でもしようかと思い、観光案内所のお薦めの旅館に足を運んだところ従業員の態度が横柄だったので入るのを止めた片桐と言います。その宿は結構評判が良いようで(後からネットで調べた・・笑)、建物も豪華な造りなのにね。。。。「日帰り入浴歓迎」という表の看板に偽りあり!
結局隣の旅館で入浴してきましたが、こちらではまさに「おもてなしの心」で応対されてしまってこっちが恐縮する思いでした。

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と、いうわけでブラジルのハード・シンフォニック系バンドTellahの1980年のアルバム。Marconi Barros(B)、Cláudio Felicio(G)、Denis Torre(Vo、Dr)というトリオ編成で、それぞれキーボードやアコ・ギも代わる代わる担当しています。3人で演奏しているということもあって様々な表情を見せるギターの音色を主体に、そこにストリング系のシンセや思い入れたっぷりのポルトガル語の歌がかぶるといった構成で、やや古典的な様式にまとまっているような気もしますが、リズム隊のドライブ感みたいなものは抜群のものがあります。
短いリフを提示した後は幾度となくそれを繰り返していく「Renascença」、スペイシーなシンセが主導権を握る曲の最後に突如として西海岸系のコーラス・パート(ちょっとYesっぽい)が現れる「Magma」、メロディアスなフレーズをギターが弾きまくる「Segmento」、アコースティックな響きの「Continente Perdido」、メルヘンチックな「Pérola」、ブルージーな感覚を取り入れた「Feixe De Luz」「Cruzeiro Do Sul」、フュージョン風に軽いタッチの「Triângulo」、AORのようにメロウなピアノ・バラード「Tributo Ao Sorriso」、フォーク・ロックのような「É Melhor Voar」とこじんまりとした曲の中で歌心あるギターが十分楽しめるといった内容になっています。いわゆるプログレ系のイメージとして浮かび上がるテクニカルなアンサンブルやスリリングな展開といったものは殆ど感じられないのですが、どこかのどかで牧歌的な雰囲気を感じる一枚だと思います。
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不条理音盤委員会 654 Aktuala 「Aktuala」
- 2009/08/06(Thu) -
何か最近テレビで自局の番宣が多いなぁ、と不審に思っていたらそれは世界大不況の影響でCMの出稿料が減ったためにCM枠が空いてしまったので仕方なしに予告を流しているという話を聞いて納得した片桐と言います。
でも、それならば減ってしまった枠の分だけ本編の番組を多く流せばいいじゃん!とも思いましたが。。。

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と、いうわけでイタリアの無国籍民俗音楽ユニットAktualaの1973年に発表したセルフ・タイトルの1stアルバム。Warter Maioliを中心としたこのAktualaはイタリアというお国柄を反映してか地中海沿岸の音楽にチェンバー系の要素を組み合わせたというもので、浮遊感と恍惚感で精神が揺れ動く中にも、時折緊張感も漂うようなスリリングなプレイが挿入されるという極めて特異な形態を示しているような気がします。
シタールを模したようなアコ・ギをメインに各種の管楽器とパーカッションが静かに絡んでいく神秘的かつミステリアスなムード漂う前半部から、タブラを模倣したボンゴとフルートが高揚感のあるプレイを提示する後半部との対比も鮮やかな「 When The Light Began」、後半のサックスの狂気のようなフリーキーなソロとアラビックなクラリネット、叩きまくられるパーカッションが混沌の極致ともいえそうな「Mammoth R.C.」、瞑想的で静謐な「Altamira」、マグレブ~中近東風のフレーズを奏でる各種楽器のソロが入れ替わり立ち替わり現れては消えていくといったテクニカルなアンサンブルが聴かれる「Sarah' Ngwega」、フォルクローレ~イベリア半島系の前半部から徐々に加速度が増して、イタリア南部~地中海沿岸といった汎オリエンタルなサウンドが展開されていく「Alef's Dance」、インド的なリズムの上をサックスとハーモニカがのどかなメロディーを上乗せしていく「Dejanira」まで土着的なもの、あるいは異郷への憧れみたいなものを表現したような作品になっています。ロックでもジャズでもない摩訶不思議な世界の背後に「祈り」のようなものが感じられる極めて都市的な音楽という印象もあるのですが、その「祈る」ものは一体何なのか?ということをついつい考えたくなってしまったりもします。

「Mammoth R.C」をyoutubeから。



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不条理音盤委員会 651 Cathedral 「Stained Glass Stories」
- 2009/07/29(Wed) -
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誰でも似たような感覚を抱いている筈と推測するが、いろいろなアーティストの作品を聴いていると、それが誰かの影響下にあったり、誰かのフォロワーだったりすることに気づいて、思わず笑ったり驚いたりしてしまう。アメリカのシンフォニック系バンドCathedralの1978年のこの1stアルバムもそんな先駆者の影が見え隠れする。無論それは非難されることではなく、そういったスタイルを模倣していくことからバンドは始まったのだろうし、形式を咀嚼しながら自分たちの方向性を目指して作り上げていくのであるから。。。それをオリジナリティーの欠如というタームで一括りにするのは容易である。しかしコピーとかイミテーションというスタイルを創出したということは誰も評価しない。それを「個」と認めず切り捨ててしまうことがすなわち人間の傲慢さなのである。
重苦しいリフから突如として現れるギターのヴァイオリン奏法が先導してのYes風のヴォーカル・パートと変拍子も交えた陰鬱なメロが交互に現れる 「Introspect」は曲調が激しく変化することもあって、暗い情念の炎のようなものを感じさせる。続くインスト・ナンバー 「Gong」では際立ったテーマを持たないメロが連続するテクニカルな志向をうかがわせ、そこに妙にリリカルなパートを組み込むことでまるで錯乱を表現しているかのようである。狂気と正気の間を往来するようなメロトロンの音が不安感を煽る。叙情的な展開の中にエッジを利かせたギターと硬い響きのベースが組み込まれた「The Crossing」は時折クラシカルな方向に走りながらも流れるように展開されていく曲。アカペラでのヴォーカル・ソロからメロトロンを前面に打ち出したパストラルな 「Days & Changes」、重厚なイメージのイントロを継承して静謐なパートを重ねつつ、小気味よく走るリズム隊とと共にギターが泣きながらエンディングを迎える 「The Search」まで、攻撃的ともいえそうなフレーズを繰り返しているのにもかかわらず、その矛先が内部に向けられているような独特の不気味さというかミステリアスさを兼ね備えたような作品である。無論、その印象はこもったような録音のせいもあるのだろうが、聴いていて、そのあまりにもの内省的な感触に孤独感すら覚えてしまうのである。

試聴音源はこちらから
http://cdbaby.com/cd/cathedral2




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不条理音盤委員会 635 MANEIGE 「Les Porches De Notre-dame」
- 2009/05/25(Mon) -

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カナダ、ケベック州の出身の5人組からなるMANEIGEが1975年に発表した2ndアルバム。
極めてクラシカルでまたアコースティックな演奏のもとで夢見るようなメロディーが次々と展開されてゆくチェンバー系の作品となっていて、ファンタスティックでドリーミーな感触を覚える。虚飾を一切排し浮かんできたメロディーを思うがままに紡いだようなその音は迷宮のように入り組んでいて、聴いていていつのまにか自分を見失ってしまう恐れすらある。
フルートとクラリネットが柔らかいメロディーを奏で続ける中に、ピアノやヴァイヴ、マリンバがそこに寄り添うように様々な表情をブレンドしていく長い組曲形式の「Les Porches de Notre Dame」では中間部からはピアノの波乱を予測させるような不安げな独奏パートを引き継いで、ギター、トランペット、サックスがヴォーカルを交えながらジャジーなソロを展開させていき、最後に向けて徐々に昇華していくエネジーの放出が涙ものの曲に仕上がっている。続くオーケストラルな小品「La Grosse Torche」を挟んで、カンタベリー系のジャズ・ロック風の「 Les Aventures de Axinette et Clarophone」ではいくつもの断片的なフレーズが幾重にも交差し、決して熱くならずに冷静さを保ったままで抑制されたクールな演奏を聴くことができる。最後に収録された「Chromo」は転がるような軽快なリズム隊を底辺にラテン・テイストの前半部とミニマル的にも感じられる後半部で構成されている。
このMANEIGEというバンドは次の作品である「Ni Vent...Ni Nouvelie」が圧倒的に評価が高く、そのプロト・タイプとして位置づけられる1stや2ndは無視されがちな傾向がある。それはある程度仕方がないのだが、次の作品では消失しまっている(と、個人的には思う)どうしようもない孤独感や寂寥感みたいな雰囲気が詰められたアルバムという気もするのだが。。。。。
「Les Porches de Notre Dame」の後半部がyoutubeで聴ける。



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不条理音盤委員会 628 Franco Battiato 「Sulle corde di Aries」
- 2009/04/10(Fri) -
どうでもいい話(新聞記事より)。
トリニダード・トバゴ兼アンティグア・バーブーダ兼ガイアナ兼グレナダ兼スリナム兼セントクリストファー・ネビス兼セントビンセント兼セントルシア兼ドミニカ大使の岩田氏にバルバドスの大使を兼任するようにとの辞令が下されました。
カリブ海をめぐる小国ばかりで日本とのつながりもあまり無いような国々なのですが、もし、同時にこれらの国々で事件や政変が起こったら、彼はとても忙しくなるのでは?とついつい余計な心配をしてしまう片桐と言います。

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と、いうわけでイタリアのカンタトゥーレFranco Battiatoさんが1973年に発表した3枚目のアルバムです。Battiatoさんは現在では割とポップな曲を歌っている息の長いアーティストなのですが、初期の作品はいずれも地中海的な民俗音楽とフリーなエレクトロニクス、そしてサイケデリックが混淆した非常にアヴァンギャルドな姿勢の音楽を作っていました。ミニマル音楽の影響も感じられる反復的な音塊の上を一つのフレーズが様々な形で繰り返していく方法はまさに魔術的であり、繊細な感性に裏づけられた極めてイマジネーションが膨らんでいく作品ではないかという印象があります。
カリンバ?やオペラチックなヴォーカル、音色を変調・加工されたヴァイオリン、チェロ、それにシーケンスっぽいVCS3のいくつものフレーズが現れては消えていく16分あまりの大作「Sequenze e Frequenze」、 多少フリーキーながらもギリシャ~イタリアを思い出させる明るいフレーズを奏でるギターとサックスがパーカッションに煽られていく「Aries」、Battiatoさんの伸びやかな歌声が堪能できる「Aria di Rivoluzione」、バロック風の歌曲調のヴォーカル・パートからギリシャ~地中海東岸地域の音に変貌していく「Da Oriente a Occidente」まで静かに展開していく中にイタリアという風土に基づいた郷愁のようなものをたっぷり織り込んだカレイドスコープのようなアルバムに仕上がっているという印象があります。土着性という面からみれば、ミニマル的に繰り広げられていく音の中には決してラテン系の要素のみならず、アラブやギリシャといったニュアンスは勿論のこと、「Aries」のパーカッション部ではケルト~ノルマン系のエッセンスも感じられ、まさにイタリア民俗絵巻とも言うべき独特の視点がうかがえるような気がします。

「Aries」の音だけ。。。(一応youtubeでこのアルバムの全曲聴けます・・・・)。



試聴音源はこちらから
http://www.amazon.co.uk/Sulle-Corde-Aries-Franco-Battiato/dp/B000062W2H

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不条理音盤委員会 614 MEZQUITA 「Recuerdos de mi Tierra」
- 2009/02/27(Fri) -
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スペイン、コルドヴァを拠点にしていたシンフォ系ジャズ・ロックバンドMEZQUITAの1979年のアルバムです。
一言でいえば、まさにフラメンコ・ロックと呼ぶべきもので、超絶なテクニックに裏づけられたシンセ、オルガン、ギターのスペイン~中近東方面のエキゾティックなフレーズが畳みかけるような変拍子の応酬と共に繰り広げられるさまはまさに圧巻で、とにかくスペインというパブリックなイメージを全く損なわない展開は聴く者の期待を裏切りません。
どの曲もギターとシンセの短いリフがドラムに煽られるようにスピーディーに展開していく部分と、やや力がこもった情熱的なヴォーカル・パートというコントラストがはっきりしていて、また曲中における静/動の対比も鮮やかで基本的には聴きやすいかと思います。また「El Bizco De Los Patios」のように英国のハード・ロックの影響がうかがわれる演奏や前半は疾走するジャズ・ロック、後半はYesのようにシンフォニックに展開する「Desde Que Somos Dos」、手拍子がフラメンコの雰囲気を盛り上げながら、ヴォーカルが朗々と歌い上げながら一気にイベリア半島を駆け抜けていくといった印象もある「Ara Buza」、軽やかなフュージョン・タッチのギターも華麗な「Obertura En Si Bemol」というように曲調にもヴァラエティがあり、生のストリングの導入やアコ・ギの音を立体的に聴かせるようなミキシングなど随所に工夫が感じられるのですが、やはりこういったスタイルは好き嫌いが大きいので無理にお勧めはしません(笑)。ギターの音色が割と単調なのに比べて、アナログ・シンセは中近東系の楽器を音を模しているようで、それが楽曲のエスニックなフレーズのみならず、曲そのものにカラフルなニュアンスを与えてくれてそういった部分にも好感を覚えます。ジャズ・ロックという範疇の中ではかなりよい出来栄えだと思うのですが。。。。
「Recuerdos de mi Tierra」がyoutubeにあったりする(何でもあるなぁ。。。)


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不条理音盤委員会 563 RECORDANDO O VALE DAS MAÇÃS 「As Crianças Da Nova Floresta」
- 2008/03/30(Sun) -
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たまにはプログレッシヴ・ロックなどを。。。。
ブラジルのRECORDANDO O VALE DAS MAÇÃSが1993年に発表した、このリンゴのジャケットのアルバム「As Crianças Da Nova Floresta」はシンフォニックな要素とギター、キーボード、フルートが絡みあうインター・プレイに富むジャズ・ロック風のアルバムとして高い評価を得ていると思います。
フルートとヴァイオリンが軽やかに絡みながらのアコースティックなリリシズムの前半部ととラテン風味も感じられるアコ・ギとシンセがドリーミーな展開をみせる後半部の素晴らしい前後のコントラストによく歌うギターが要所を締めたプレーを聴かせる 「Remembering Apples Valley II」、ファンタスティックなイントロからフュージョン・タッチのギターが心地よいメロディーを奏でるパートに引き継がれ、その後にフルート、ストリング・シンセ、ギターといったカラフルなアンサンブルがちょっと性急とも思えるリズム隊に煽られるかのように様々に表情を変えていくオリジナルLPからの再演らしい 「The Children Of The New World」、 前半の都会的なセンスを兼ね備えたロマンティックなフレーズから一転してアンビエント系に通じるようなシンセのソロを挟んでドラムのロールと共にエモーショナルに頂点を目指していくきわめて映像的な「Water」、ノスタルジックな印象のあるフレーズを丹念に組み合わせながら、そこにラテン風味やエスノ風味を加味した表現力の広がりが印象的な「The Hermit」、フォルクローレを連想させるフルートのソロから、ムーディーなホーンやフュージョン寄りのギターといったジャズ・ロック的な感覚に満ちたギタリストFernando Pachecoのソロからの収録ナンバー「Himalaia」、アコ・ギのアルペジオにのせて、静謐なメロをフルートが紡いでいく小品 「Seeds Of Light」まで、全編インスト曲ながら繊細さを感じさせる快いメロディーが次々に現れては次のフレーズに継承されていくというスリリングな一面もある曲ばかりが収められています。
このアルバム、実はオリジナルではなく編集盤なのですが、そういったことを一切感じさせない統一されたヴィジョンのようなものが提示されているような気になってきます。演奏そのものは決してテクニカルなことをやっているというわけでもないのですが、そんな自分たちの世界観をデリケートにナチュラルな姿勢で表現したような印象を覚えます。
個人的にはお気に入りの1枚で、常に車に積んでおります(笑)。

彼らの公式HPからちょっとだけ試聴できます(モノ音源ですが。。。)
http://www.progressiverockbr.com/recaudio.htm
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不条理音盤委員会 507 Yes 「Drama」
- 2007/06/21(Thu) -
その店は商店街の一角の雑居ビルの地下1Fにあった。
地方都市にしては割と洒落たセンスだったと思う。
その人と会うときは大抵その店だった。
今は珈琲と言えばモカ・マタリなのだが、当時はその店の深煎りされたマンダリンの苦味と酸味のバランスとコクの豊かさにハマっていたのである。もっとも珈琲よりは紅茶が好きなその人はいつもアール・グレイを飲んでいた。

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Yesの「Drama」というアルバムはプログレ好きにとって踏み絵のような作品である。もちろんJon Anderson不在で、その代わりにTrevor HornとJeff Downesが加わったという点である。
確かにJonの持っていた叙情性やリリシズムのようなものは欠如しているだが、The Bugglesの二人が持ち込んだポップなアプローチと従来のスリリングでテンションの高い曲のダイナミズムがうまくまとめあげられていると思う。
Steve Howeが水を得た魚のようにギターを弾きまくる重厚なテクノ叙事詩の「Machine Messiah」、The Bugglesのアルバムの中に入っていても不思議ではないポップな小品「White Car」、ドラムの音とベースに導かれて絡みつくシンセサイザーの煌びやかな音が従来のYesの持っていた荘厳さや重厚さというイメージを見事に払拭したような感のある「Does it Really Happen?」、NWにも通じるようなクリアな音に処理されたテクノ・プログレの「Into The Lens」、従来のスタイルを同時代的に再現させた立体的な音の展開が素晴らしい「Run Through The Light」、ストレートなリズムにメロディックなフレーズが絡み合いながら徐々に昂揚感を沸騰させていく「Tempus Fugit」まで、多少大仰に作りこまれた音の背景には明らかにToToやJourneyといったアメリカン・ハード・プログレ、ひいてはコマーシャリズムを意識していたのではないかとも思わるのだが、その独特の電子音とS.Howeのギターの組み合わせによる浮遊感のようなものが心地よいと思うのである。
「私としてはSteve Howeのギターが聴こえてくるだけでYesだと思うんだ。」
その人は制服のリボンを弄びながらポツリと言った。
そんな言葉を裏切るかのような「Owner of Lonely Heart」でYesが世界的にブレイクするとは夢にも思っていなかった頃のひとコマである。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.co.jp/Drama-Yes/dp/B000002J23

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不条理音盤委員会 381 Khan 「Space Shanty」
- 2007/06/09(Sat) -
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hello nicoさんがプログレ・バトンで「最終的には気にいってもらいたい」バンドとして名前を挙げていたSteve Hillage率いるKhan名義での1972年のアルバムです。人脈・音楽性の共に交錯しているカンタベリー勢の中でも、このアルバムはTHE CRAZY WORLD OF ARTHUR BROWN のリズム・セクションであるEric Peacheyと Nick Greenwood、それに盟友のDave Stewartを迎えてジャズとロックの中間を歩むような展開と変拍子が炸裂するテクニカルなアンサンブルが楽しめる隠れた名作ともいえる作品だと思います。ブルージーなプレイをメインとしながらもアシッドでドリーミーなオルガンが挿入されたり、さりげない変拍子でのアクセントをつけたりといったいかにもDave Stewartらしいコミカルさが散りばめられた中を、Steve Hillageがサイケデリックな表情さえもうかがえるギターを奏でる 「Space Shanty(Including The Cobalt Sequence And March Of The Sine Squadrons)」、ジャジーなタッチながら重ねられたギターの音色やエレ・ピ、終盤部のエフェクト加減が妙にロマンティックな印象をおぼえる「Strabded/Effervescent Psychonovelty No.5」、まさに初期ブリティッシュ・ロックの猥雑さを証明したかのごとく、ソウルフルなヴォーカルとR&Bタッチのファンキー&リズミカルなアンサンブルが一転して、ジャズ・タッチのインタープレイと交錯する気品を感じるような雰囲気が漂う「Mixed Up Man Of The Mountains」、ブルース感覚満載のHillageのギターと大仰にも思える空間的な音使いを重視したDaveのオルガン・ワークが所狭しと駆け回るスリリングなグルーブ感あふれる「Driving To Amsterdam」、オルガンとマリンバ?、それにギターによる変拍子的なイントロをそのまま複雑に絡ませながら継承・展開させた超ポップ・ソングの 「Stargazers」、オルガンの伴奏で歌い上げるHillageとそれを支える繊細でリリカルな演奏がドリーミー・サイケにも通じる高揚感を演出していく 「Hollow Stone/Escape Of The Space Pirates」まで、スペース・サイケデリック・プログレッシヴとも呼ぶべき摩訶不思議な世界が展開されているという印象があります。ここで聴かれるようなねじれたポップ感覚がカンタベリー系に共通するのは言うまでもありません。
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不条理音盤委員会 481 East 「Hüség」
- 2007/03/20(Tue) -
気分転換の意味も兼ねて料理をする片桐と言います。
とは言うものの、さほど手をかけて作るのではなくサラリと30分以内程度のものが主流です。例えば旬のタラや鶏のモモ肉を卵の衣でふわっと揚げて、赤ワインマヨネーズ・ソースやはちみつクリーム・ソースをまぶすといった具合に、どちらかというとありふれた材料に副えるソースやスープといったものに凝ったりします。

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というわけで、ハンガリーのシンフォニック・ロック・グループのEastが1982年に発表した2ndアルバムの「Hüség」です。シンフォニック系といっても重苦しさはさほど感じられず、どちらかと言えばフュージョンの要素も織り込んだ割とライトな感じなのですが、スリリングなアンサンブルと起承転結を明瞭に配置した曲作りといった部分は決して同時代の西欧の諸バンドに劣るものではないと思います。メタリックなギターとシンセが交錯しながら一つのフレーズのヴァリエーションを展開させながら加速していく「Hüség」、ドラマティックなファンファーレ風のシンセ~言葉の響きもあってやや重苦しく感じられるヴォーカル・パートを経て、泣きのギター・ソロ~転がるピアノをも加えたヴォーカル~ストリング+ブラスといった感じのシンセと一つの曲の中に様々な要素を織り込みながら空間的な拡がりをも表現したような「Keresd Onmagad」、ギターとシンセが交互に疾走感あふれるソロを奏でながら展開していくジャズ・ロック風の「Magikus Ero」、ギターのアルペジオに導かれての切なげなヴォーカルと荘厳かつ華麗ともいえそうなアンサンブルの対比が印象的な「En Voltam」、ジャジーでスペイシーにも感じられるシンセのソロ~ギターとのユニゾンといったフュージョン・タッチのインスト小品「A Vegtelen Ter Orome」、ゆったりとしたテンポで進むバラードに各楽器が彩りを添えていき、終盤は部厚い音のシンセが主導権を握るく展開の「Ujjaszuletes」、ポップな中にも音色に配慮した重厚なシンセが曲の全体をエレクトリカルに支配する「Ablakok」、重苦しくも演劇的な曲調のヴォーカル・ナンバー「Vesztesek」、アンビエント・ポップを思わせるようなキーボードとエレ・ピの絡みがフュージョン風に繰り広げられていく「Felhokon Setalva」、エキゾティックな雰囲気も漂わせたシンセのリフレインも印象的なドラマティックでメロディアスな(ちょっとCamelぽいかも・・・汗)「Varni Kell」、モノクロームな印象をうける静かなバラード・ナンバーの「Merenges」まで小粒ながらも丁寧な演奏を聴くことの出来るアルバムだと思います。時代的にもカテゴリー的にもこのアルバムはプログレに分類されていますが、現在発表されたとしてもポスト・ロック的なアプローチという面を考慮に入れると全く遜色のない作品と言えるのではないでしょうか。。。。。



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不条理音盤委員会 474 Curved Air 「Phantasmagoria」
- 2007/03/03(Sat) -
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Sonja Kristinaを擁する英国のプログレ・バンドCurved Airが1972年に発表した3rdアルバムです。francofrehleyさん主宰のBlog「Progressive Café」では「Curved Airの魅力、『らしさ』はSonja Kristinaの妖しいヴォーカルと合わせて、Way&Monkmanが紡ぎだす70年代初期英国アンダーグラウンド臭が充満した荒削りなサウンドだと思っています。あのサウンドとヴォーカルのコンビネーションこそがCurved Airそのものだと思います。」と評されていますが、確かにこのアルバムでは幅のある音楽的な要素をプログレッシヴ・ロックというイディオムで包み込んだようなサウンド・ワークとSonja Kristinaのリリカルでファンタジックな感性がバランスをギリギリのところで保っているという印象があり、その危うさの振幅がこのアルバムの最大の魅力ではないかと思います。ロマンティックな中にも歴史上悲劇的な人生を遂げた主人公の感情を織り込んだようなSonjaのヴォーカルが素晴らしい「Marie Antoinette」、アコ・ギ、フルートヴァイオリンを従えたクラシカルなタッチのフォーク・ソング風の「Melinda」、低音で囁き、呟くようなヴォーカルをブラスとピアノが交錯しながらポップスのタームで彩りを添えていく 「Not Quite The Same」、Darryl Wayのヴァイオリンをフューチャーし、中盤では変拍子と不協和音による不安げな展開も聴かせるインスト曲「「Cheetah」、F.Monkmanの趣味が出た?シーケンス・パターンのみのバロック風の電子音楽作品の「Ultra-Vivaldi」、ファンク・タッチの歌メロにトラッド/クラシカルなヴァイオリンやハモンド・オルガンが色彩を加えていく「Phantasmagoria」、これまたF.Monkmanの手によるハーモナイズ~電子変調をメインにしたコラージュ的な音響的な作品「Whose Shoulder Are You Looking Over Anyway ?」、ゲストのFrank Ricottiが奏でるマリンバやシロフォン、ブラス・セクションの華やかな音色とミニマルなフレーズを疾走するMick Wedgewoodのベースライン、流れるようなD.Wayのヴァイオリンがテクニカルでアンサンブルを展開しながら、終盤はジャジーな雰囲気を一変させるギターの鋭角的なヴォルテージで締めくくる 「Over And Above」、エスノ~ラテン的な感覚も楽しいラウンジ・タッチの「Once A Ghost, Alway A Ghost」まで、いわゆるプログレというイメージからはちょっと距離を置いた感もあるニュアンスをもった作品ではないかと感じます。そうした背景にはやはりSonja Kristinaのヴォーカリストとしての限界があるのではないかとも思えます。声域・声量共に狭いSonjaのヴォーカルを生かすためにアコースティックな要素を組み込んだり、またシンプルな歌メロをバッキングするかのごときピアノの使い方といった具合に様々な工夫がなされているとは思います。ただ、逆にそれが仇となってある意味に於ける従来のロック/ポップスという定型的な枠組みの中での閉塞感のようなものも覚えてしまいます。それがアルバムの中でのインスト・パートに顕著のように極度の前衛趣味に走った理由ではないかと思います。言い換えればSonjaというキャラを使いこなすことが出来なくなってしまったということにつながってくるのではないでしょうか?
このバンドの見出した答えが次の「Air Cut」ではっきりしてくると思います。


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不条理音盤委員会 464 Pattos 「Time Loss」
- 2007/01/15(Mon) -
先日francofrehleyさん主宰の「Progressive Café」中の「プログレ カルトQ」に於いて「某有名プログレ店作品紹介文からの抜粋です。それぞれ作品およびバンド名をお答えください。」というイントロに続いて出題された「初期クリムゾン・ナイズされたメロトロンが全編に渡って物悲しく嘆き、圧倒的な幻想色を作り出していく。カタルシスが激しくせめぎ合うヘヴィな1曲目、浜辺で月を見るような情景が耽美に描き出された2曲目、リザード、アイランド期のクリムゾンの詩情と叙情をいっぱいに吸い込んだ3曲目、ともうここまででも完全に彼らの宮殿に幽閉されてしまう。」というフレーズ、未熟者なのでいろいろと考えてようやく解答までこぎつけた片桐なのですが、それがこのPatoosが2002年に発表した「Time Loss」です。

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Petronella Nettermalm の独特で特異なヴォーカルを前面に据えたそのサウンドは極めてシンフォニックな中にもナイーブな感性をはらんだもので、時折挿入されるゲスト陣による管楽器の音色やアナログ的なキーボードの音響処理、ちょっと痙攣じみたギターからはやはりKing Crimsonが連想されるのですが、本家よりも冷ややかなイメージを強く感じるのは気のせいでしょうか? ジャジーなイントロからメロトロンを従えてPetronellaのハイ・トーンの歌声が流れ、重苦しいサウンドの中にも一瞬の夢幻を感じさせるようなアンサンブルが刻々と変化を見せながら展開していく「Sensor」、タイトルに象徴されるような美しくも儚い催眠的な音が静かに綴られ、そしてReineFisckeの音色に気を遣ったようなギターのソロとフルートが眠りを誘うが如く静かに終わりを告げる「Hypnotique」、まさに叙情を目いっぱい吸い込んだような繊細な音つくりと呟くようなヴォーカルが徐々に熱情に変化していく様態を描写したような「Téa 」、硝子細工のようなフォーク・タッチの前半部から、多少北欧トラッドに通じるようなぬくもりのある柔らかなセッションに移行していく「They Are Beautiful」、不安を呼び起こすようなチェロのイントロからブレイク・ビーツ風のリズム=アコースティックなトリップ・ホップのような展開から、フュージョン・タッチのキーボードのソロ~管楽器が縦横無尽に暴れまわるフリーなセッションとプログレの範疇では異色にも思える「Quits」まで、どことなく豊かなイマジネーションを感じさせるようなアルバムに仕上がっています。最後の「Quits」でのビートに見られるように先人の遺産を継承しながらも、新しいものを積極的に取り入れようとする姿勢も含めて、まさにプログレッシヴという表現が相応しいのではないかと思います。

公式HPはこちらから(3曲試聴できます)
http://www.paatos.com/



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不条理音盤委員会 447 HIGH TIDE 「Sea Shanties」
- 2006/12/12(Tue) -
実は仲間由紀恵さんのファンなので、最近意味もなく出勤前にはAsahi飲料のWANDA モーニングショットを飲んでいたりする片桐です。

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というわけで(どういわけかは意味不明)、Julian CopeもHPでレビュって大推薦のサイケな一枚、High Tideの1969年の1stアルバム「Sea Shanties」です。サイケデリック・ロックの中でも割とヘヴィー系のジャンルに属するこのグループはご存知の如くTony Hillのファズを利かせたディストーション・ギターとSimon Houseのヒステリックなヴァイオリンという二枚看板でお馴染みなのですが、ハード・ロック的な感触の音つくりをメインとしながらも、長尺の曲を渦を巻くようにうねりながらテクニカルに展開していく有様は圧巻と言うべきだと思います。強烈なリフと重苦しいリズム・セクション、それに意外とジェントリーなヴォーカルが繰り広げられる「Futilist's Lament」からは漆黒の闇を垣間見ることが出来るでしょうし、9分にも及ぶ「Death Warmed Up」からは正気と狂気の狭間を揺れ動く人間の微妙な動きのようなものを感じ取れるのではないでしょうか?一方で爪弾かれるようなギターに寄り添うようなヴァイオリンの響きのアンサンブルと切り込まれてくるテンション高いギター・ワークとのアンバランス加減が心地よい「Pushed, But Not Forgotten」では世の中の不条理をそのまサイケデリックの枠組みで表現しているようなものにも思えますし、アシッド・フォークを意識したような「Walkin Down Their Outlook」やヴァイオリンが泣き咽ぶような「Missing Out」からは約束された楽園を捜し求める苦悩のようなものが潜まれているような気もします。そして、その約束された土地が実はどこにも存在しなかった時に、幸福を内なる部分に求めていくことを決意したかのような「Nowhere」まで、いろいろと想像してしまうような音の連続に正直いって戸惑ったりもするのですが、本当はそんな風に感じたことをストレートに出してしまえば、作品そのものを矮小化させてしまうことになるし、イマジネーションを限定・固定化させてしまう結果に陥るのでとどめておきたいのですが、ついついオスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」のサントラにピッタリではないかと思ったりもするのです。

試聴音源はこちらから
http://musik.tdconline.dk/servlets/2452306090224Dispatch/19/call?htmltemplate=./album/viewalbum.htm&albumid=3815663

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不条理音盤委員会 442 Mandala Band 「The Eye Of Wender」
- 2006/11/10(Fri) -
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中身がないことで定評がある「不条理音盤委員会」の片桐と言います。
ますますもって帆立貝という有様もいとおかしき世の中で、英国ロック界のプロデューサーとして知られるDavid Rohl氏が自分の音楽を表現を目的として大勢の人を集めたプロジェクトであるMandala Bandの2ndなのでございますが、最初に集めた面子が揃いも揃って今回の召集には応じずに、その代わりに呼び集められたのがMoody BluesのJustin HeywardやMaddy Prior、10ccやBarclay James Harvestのメンバーといった基本的には夢見心地系の演奏を得意とする方々というわけで、そういった人々が参加したためかどうかは全くもってわからないのですが、David Rohl氏はオリジナルのファンタジーを作成し、そのサウンドトラックのような形でこの作品が完成したという長い長い前置きは皆様ご存知のとおりであります。と、何はともあれ、のだめカンタービレ、稗田阿礼にトマト・ピューレの食い倒れといった具合にとても混成軍団とは思えないような何気に一体感のあるアンサンブルが情緒的でかつファンタジックな描写的演奏を繰り広げていくわけで、その繊細な感覚と美しさの背景に英国の香りが漂うという極上の逸品、美人は別嬪、血中に含まれるのはヘモグロビンといったアルバムなのでありんす。木管楽器によるイントロからUlien Pipeと優雅なオーケストレション+BJHがフル参加してブルージーなギターを聴かせる後半部まで多彩な色合いのオープニング・ナンバーの「The Eye Of Wender」から始まって、Eric Stewartのヴォーカルをフューチャーしたドラマティックながらもメロウな雰囲気漂う 「Florian's Song」、流麗なサックスを筆頭にジャズ・フュージョンタッチのシンフォニック・アレンジが印象的な「Ride To The City」、ヴォコーダー、ギターやシンセ、パーッカションなどによるおどけた曲調の小品「Almar's Towe」、Maddy Priorの美しい声が印象的な荘厳で重厚な印象のある「Like The Wind」、シンセとオーケストレションで嵐を表現したインストの小品「The Tempest」、Justin Heywardのフレンドリーな歌声が耳に残るドラマティックでシンフォニックな曲の間にパイプによるトラッド風のフレーズが織り込まれた「Dawn Of A New Day」、ジグ風の跳ねるようなリズムから、コラール風のコーラスとミニマル・タッチのピアノが交錯していく「Departure From Carthilias」、クラヴィネットが全面的に使われているためか、部厚い音の中にファンキーな感覚もするGraham Gouldmanのヴォーカル・ナンバー「Elsethea」、幾重にも重ねられたオーケストレーションの中からKevin Godleyの歌声が虚ろげに響き、John Leesの繊細なギターが泣きを誘う「Witch Of Waldow Wood」、豪華なオケを従えたまさにオーケストラル・ポップの元祖とも呼べそうなSad CaféのPaul Youngを擁した「「Silesandre」、憂いを帯びたピアノ・ソロに淡いコラールがかぶった「Aenold's Lament」、前曲を引き継ぎながらギターとサックスがパッショネイトな演奏を展開する「Funeral Of King」、 大団円をイメージするような派手なコーラスが最後に平安を予知するかのごとくシンセ音に包み込まれていくような「Coronation Of Damien」まで、どこか没落していく大英帝国の光と影を象徴したかのようなくっきりとしたコントラストに彩られている作品だという気もします。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.de/Eye-Wendor-Mandalaband/dp/B0001ACKNO

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不条理音盤委員会 430 CIRCUS 2000 「Circus 2000」
- 2006/10/13(Fri) -
時々眠くて仕方がないときがあって、そういうときに限ってやらなければいけない仕事がたまっていて、さらにそういう時に限ってデートの約束をしていたりして、それを一度に片付ける気力がないときはまずはグーグーと寝るという片桐なのですが、困ったことに何故かそういう頃合を見計らったように悪夢など見てしまって、その寝覚めの悪さに回らない頭を無理に動かして仕事をするのですが、案の定進捗率は悪く、そんなことをしている日々が続くと、時々眠くて仕方がない・・・・という堂々巡りの日々なのであります。
というわけでSilvana Aliotta(Vo)、Marcello "Spooky" Quartarone(Vo、G)、Gianni Bianco (G、B)、Johnny Betti(Dr)の4人からなるCIRCUS 2000はサイケデリックに満ちた音を紡いでいるいわゆるUK~ビート・ロック直系のグループですが、彼らの出身がイタリアとは思えない正統的なアシッド風の雰囲気を漂わせつつも、ポップも実験性を共存させたこのサウンドはたとえB級と呼ばれようともどこか抗しがたい魅力をはらんでいると思います。ゆったりとしたリズムに2本のギターが絡んでいく「Can't Believe」、乾いたギターとフルートがサイケデリックな雰囲気を盛り上げる「Try To Live」、シタールを意識したようなギターに象徴されるようなインド風の音が目立つ「Must Walk Forever」、インドやアフリカを視点に入れた実験的なサウンドの「Sun Will Shine」、ヴォーカルのエフェクト処理とビート・ポップ的なサウンドの対比が面白い「Just Can't Stay」、アシッド感覚とブギをミックスさせたような軽快な「I Am The Witch」、ソリッドなギターの音色とタブラ的なパーッカションが心地よい「Magic Beam」、浮遊感あふれるような「While You're Sleeping」、スライド的な音やフルートも使った妙にメディテーショナルな「Try All Day」、このアルバムの中でMarcelloが唯一メイン・ヴォーカルをとるパストラルな感じの「The Lord, Ha Has No Hands」まで割とシンプルで短い曲が続くのですが、サウンドのバラエティとヴォーカルのヘタウマ加減のアンバランスさがちょっと気になってしまうのでもありました。妙に歌い上げようとするSilvanaの気持ちは理解できないでもないのですが。。。。。。
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不条理音盤委員会 413 Novalis 「Sommerabend」
- 2006/08/26(Sat) -
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残暑が厳しいと言いながらも、夜になると虫の声も響き渡り、藤原敏行ではありませんが「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という風情の今日この頃皆様いかがお過ごしですか? こういった頃に相応しい音楽といえば、やはりドイツのシンフォ系グループNovalisが1976年に発表した3rdアルバム「「Sommerabend(過ぎ去りし夏の幻影)」でしょうか?Carlo Kargesが脱退しHartwig Biereichel(Dr)、Detlef Job(G、Vo)、Lutz Rahn(Key)、Heino Schünzel(B、Vo)という4人編成に戻った彼らのこのアルバムはファンタジックでメランコリックに展開するアンサンブルを核に、時にはハードに、時にはメランコリックに流れるようなフレーズが穏やかな浮遊感を伴って繰り広げられていきます。シンセとギターによる序曲風のイントロから、突如としてギターのメロディアスなフレーズとそれに追随するオルガンが天空を突き抜けるが如く響き渡り、コズミックな電子音が寄り添いながら浮遊感を演出していく 「Aufbruch」は、中盤以降では大胆にもハモンド・オルガンが主導権を握り、ギターのハード・ロック風のシンプルなリフの幾度とない繰り返しがストリング・シンセの分厚い音と共に落日を思わせるような寂寥感を内包させ、エンディングに向かって徐々に感情の昂ぶりを増幅させていくかのように、これまでのテーマ・フレーズが交錯していきます。一方で続く 「Wunderschätze」はアコ・ギのアルペジオに導かれるように詩人ノヴァーリスの言葉を引用したヴォーカルが湧き上がるようなメロトロンと共に聴くものの涙を誘い、オルガンとギターのスリリングなアンサンブルの中間部~再度のヴォーカル・パートを経て、まるで夏の情熱的な一夜を回顧するが如き疾走感あふれる鋭い演奏が突如として打ち切られてしまう、まさに「過ぎ去りし夏の幻影」といった趣きの曲(後半部は初期Ozric Tentaclesみたいですが。。。)に仕上がっています。 大作「Sommerabend」は緩やかなストリングとスペイシーなシンセが絡み合う「Wetterleuchten」から始まり、アコ・ギのアルペジオと波音のSE、やはりコズミックなシンセが虚ろげに響く中から寂しげに呟くようなヴォーカルが印象的な「Am Strand」(途中からはムーグ?の木管系の音のせいもあってやや荘厳な雰囲気に変わりますが。。。)、一転してポップなコーラスも用いた軽快なロックンロール風の「Ein neuer Tag」、再び荘重なヴォーカル・パートを経て、オルガンとシンセ、ギターとメロトロンが様々に交錯しながら優雅に眠るように終わりを告げる展開の「Ins Licht」と美しさと純朴さが混じりあった組曲形式で綴られています。まさに淡い色彩のジャケット通りの鍵盤類を主体としたシンフォニックな楽曲がおさめられているのですが、決してテクニカルというわけではなく、一つ一つの音を丁寧に演奏し、また出てくる音に感情を乗り移らせたかのようなパッショネートな部分も感じられると思います。派手な作品ではないのですがイマジネーションあふれるいかにもドイツ的な作品だと位置づけて良いのではないかと。。。。。
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不条理音盤委員会 401 Alec K. Redfearn And The Eyesores 「The Quiet Room」 
- 2006/07/31(Mon) -
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供述によれば片桐はプログレッシヴ・ロックというジャンルが好きらしい。以前アメリカのSamla Mammas Mannaという異名をほしいままにしたレコメン系ジャズ・ロック・バンドAOEBIC ENSEMBLEのリーダー兼アコーディオン奏者であるAlec.K Redfeanが新たに結成したユニットがThe Eyesoresであり、その彼らが2004年末に発表したアルバムがこの「The Quiet Room」であると、供述している。いわゆるジャズ・ロックがベースとなっているのだがクレズマーや東欧のブラスバンドに通じるような音をやたらと突き放したようなニヒルな視点で演奏していて、繰り広げられる音はクールな割にはノリだけは無茶苦茶よく、アコーディオンや弦楽器の響きに伴う哀愁も同時に感じられる無国籍風のチェンバー・ミュージックであるという点が気に入っているとも供述している。
片桐の供述によれば、音合わせ風のサウンド・コラージュ的なインタールードの「Simian Fanfare」から始まり、変拍子を織り込んだクレズマー風の「Night It Rained Glass On Onion Street」、アラビックなメロディーが耳に残る「Bible Lite」、単音のピアノに弦楽器の不協和音をミックスさせた前衛的な「Walking Sticks」、タイトル通りにインド風のリフを奏でるストリングと盆踊り風のリズムといった謎の組み合わせが施された「Punjabi / Watery Grave」、各種楽器がメロディーらしきものを抜きにしてただ鳴らされる、まさにタイトルに相応しくアコースティック・サイケな「Morphine Drip」、電子音を駆使しただけの小品「Bonaparte Crossing The Blood-Brain Barrier」、Alec.KとMargie Wienkの男女のデュオ・ヴォーカルが退廃的な「Smoking Shoes」、東欧風のメロのアコーディオンが脱力的哀愁を誘う「Slo-mo」、Frank Diffcultの操作するエレクトロニクス音とAlec.Kの口琴が交錯する「Coke Bugs」、これまた不安感を誘うようなインタールード風の「That Which Connects Your Flesh To The Floor」、またもやひしゃげたリズムを従えて、ただ楽器が鳴らされるだけの「Portuguese Man O' War」、エフェクト処理されたアコーディオンの音色が効果的に響く「Quiet Room」、ブルガリア近辺の音をNW的に解釈したような楽しい「Bulgarian Skin Mechanic」、変則越境ジャズ的な「Somnambulance」まで一筋縄ではいかないような音が連続しているとのことである。極めて直感的な音でもあるので好き嫌いがはっきりとわかれる音であろうとも彼は供述している。

試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/search/xx/music/pid/6815593/a/Quiet+Room.htm

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不条理音盤委員会 391 NEUSCHWANSTEIN 「Battlement」
- 2006/07/21(Fri) -
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ドイツのGenesis フォロワーとして有名なNEUSCHWANSTEINが1979年に発表した唯一?のアルバムです。
よく言われるようにFredelic JoosのヴォーカルはPeter Gabrielに酷似していますし、アコースティック12弦ギターやフルート、それにカラフルなキーボードから構成される繊細で丹念なアンサンブルは本家Genesisのリリカルな面を強調しているような感があります。一方で切れ味が良く、疾走感に富んだドラミングや、優雅なフレーズを奏でるフルートといったパートはGenesisフォロワーに留まらない緊張感を醸し出していて、微妙な部分でのオリジナリティを感じることもできようかと思います。跳ねるようなリズムに乗せてヴォーカルとアコースティック・ギターとフルートが舞う前半部から、クラシカルでシンフォニックなフレーズが重ねられる中間を経て、再度ジグ風のフルートと共に軽やかに突き進む 「Loafer Jack」、GenesisというよりはCamelに近いのではないかと個人的には思う転がるピアノとメロディアスなギター、フルート、ややドラマティックでR&Bの香りも漂うヴォーカルの3者が多彩な表情を見せながら(終盤はGensisぽいコーラス・ワークも聴かれますが・・・)、テンションの高いアンサンブルを展開する「Ice With Dwale」、大仰なイントロから7拍子のリズムにのせてキーボードが主導権を握る中を、ギターやフルートが自由に交錯し、ヴォーカルが時には情熱的にシャウトするといった熱い部分も垣間見られる 「Intruders And The Punishment」、デリケートで美しいアコ・ギとフルートのメロディーのイントロを継承した展開から、急にシアトリカルにアンサンブルが変化し(ダークネスな鍵盤の音が不気味です・・・)、終盤は無理やりドラマティックに路線を戻したかのような「Beyond The Bugle」、雷のSEに導かれてミニマル風のシンセのアルペジオとたたみかけるようなリズムが印象的な導入部から、叙情にあふれた鋭角的なギターが流れるようなフレーズを奏で、そのロマンティックな部分をそのまま受け継いだかのようなヴォーカル・パートまで緻密な構成力に彩られた「Battlement」、アコースティックとエレクトリックの2本のギターが絡みながらロック的な世界を繰り広げながら、中盤以降はメルヘンチックともいえる世界を見せながら収束する「Midsummer Day」、アコ・ギとフルートによる幽玄な世界を時にはメロウに、時にはハードに表現した「Zartlicher Abschied」まで楽器の響きをよく計算した拡がりのあるシンフォニックなアンサンブルが展開されている作品だと思います。Fredelic JoosのヴォーカルがP.Gabrielに似ている云々をぬきにしてもちょっとヴォーカルとしての力量が足りないのではないか?と思ってしまうのが難点の一つでしょうか。。。。。??
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不条理音盤委員会 384 YATHA SIDHRA 「A Meditation Mass」
- 2006/07/12(Wed) -
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ジャーマン・サイケデリアの中には東洋的な要素を導入して表現する傾向が見られるのですが、Rolf Fichter(Moog 、Indian flute、Vibes etc)、Klaus Fichter(Drums、Percussion)、Matthias Nicolai(Guitar、Bass)の3人からなるYATHA SIDHRAが1974年に発表した唯一の作品であろうこのアルバムもまた東洋的な神秘主義への憧憬をあらわにした音で、その筋には有名なユニットだと思います。小刻みなミニマル的な反復を奏でるドラムやパーッカション、キーボードやギターが絡み合う上をPeter Elbracht(ゲスト扱い?)によるフルートの長いフレーズがかぶるといった極めて瞑想的でトリップ感覚に満ちている作品に仕上がっています。SE的な電子音と風の音?を模した冒頭から2本のギターによるアシッド感覚あふれるフレーズに、パーカッションとフルートが絡み合い、中盤からはバンスリ?と思われる柔らかな笛の音も加わり、詠唱風のヴォーカルやベルやヴァイヴの清冽な音も挿入され、最後はピアノのクラシカルなフレーズでしめくくるというインド音楽の影響を強く感じるような「Part 1」、ピアノとフリーキーなフルートによるジャズ・フュージョン・タッチの小品「Part 2」、前曲同様のフルートのフリーキーなフレーズを継承して、ドラムとベースに煽られるかの如くジャズ・タッチに展開していくギターの音色が心地よい前半部から、突如としてスペース・ロック風~アバンギャルド・セッション風に曲調ががらりと変わる中盤を経て、再度フルートが主導権を握りながらチープなHawkwind風な展開(音の定位を様々に移行させていく部分はなかなかのものです・・・)をみせる「Part 3」、Amon DuulⅡがPopol Vuhしたような瞑想的な音が延々と続く「Part 4」まで、決してテクニカルではないものの、オリエンタルな要素をふんだんにまぶしたヒプノティックな一枚に仕上がっています。おそらくセッション的な作品で即興に近いような演奏で作り込まれていない分だけ、純朴でプリミティヴな印象を感じます。その素人っぽいサイケ感覚がまたたまらないのであります。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.de/gp/product/B0001DD922/028-5080469-5337360?v=glance&n=290380

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不条理音盤委員会 375 La Düsseldorf 「Viva!」
- 2006/07/02(Sun) -
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現在も多くのアーティストに影響を与えるNEU!のKlaus Dingerが弟のThomas Dinger、Hans Lampeと結成したLa Düsseldorfの1978年発表の2ndアルバムです。テクノであり、ロックであり、パンクでもあるという意味でクラウト・ロックの名盤と呼ぶべき作品で、ポップとアグレッシヴさが危ういバランスで共存している中を人力によるミニマリズムと多彩なエレクトロニクスがスパイラル状に反復しながら無限の音響空間を創出していく様は最早快感を超越したトランス感覚に通じるものがあります。ひたすら能天気に「Viva!」を連呼する背後でギターが縦横無尽に駆け回る「Viva」、アップ・テンポなテクノ・パンク風の「White Overall」、賛美歌のようなイントロから、名曲「Cha Cha 2000」につながる伏線的なテーマがシンセによって奏でられ、明るくポップな曲調とリリカルなメロディーが徐々に登りつめていく有様は、あたかもエクスタシーに引きずり込まれていくような錯覚がある「Rheinita」、鳥のさえずりをコラージュしただけのお遊び的な「Fogel」 、美しいメロディーと調子外れのヴォーカルが同居する「Geld」、あくまでも狂気を隠しながら密かにニヤニヤと笑い続ける不気味さを内包した明るさを全面的に表明した名曲中の名曲「Cha Cha 2000」まで、巧みに練られたシンセ・オーケストレーションや独特のアパッチ・ビートが交錯する中で、実は白昼夢にも似たドリーミーな人工的な音世界が繰り広げられる作品になっています。 エレクトロニクスを駆使しているようで実はホームメイド感覚にあふれた作品ではないかという印象もあります。


めくるめく電子音の羅列の中で、君は何を考えているのだろうか?僕は沈黙のまま
君からの一言を待ち続ける。君が君であるという証明と、僕が僕でしかないという意味を美しく共振させるためだけに、ひたすら君からの言葉を待ち続ける。


試聴音源はこちらから
http://www.amazon.de/gp/product/B000025V2V/303-3545840-6804229?v=glance&n=290380

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不条理音盤委員会 364 The Vilolet Hour 「The Fire Sermon」
- 2006/05/19(Fri) -
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CD棚を整理していると時々思いがけないような音盤が出てくる時があります。このThe Violet Hourが1991年に発表したアルバムもそういったものの一つです。ジャケットからは何か時間に関するコンセプトのようなものを感じるので多分ジャケット買いか、衝動買いだとは思うのですが、いつ、どこの店で購入したのかさえ覚えてはいません。試しにネットで検索してもさほどの情報は得られないのですが、Doris Brendel(Vocals、 Flute、Acoustic guitar)をフロントに据え、Mark Waite(Key)、Martyn Wilson(G)、Andrew Fox(B)、Sean Holborn(Dr)が彼女を支えるといった構成で、トラッドを基盤としながらも、サイケデリックのエッセンスを加味したシンフォニック・ロックを展開しています。海沿いの風景のようなSE(汽笛や波?カモメの鳴き声等)に導かれて、3拍子のワルツ風のリズムを基盤としてた叙情的なイントロから、アイリッシュ風のフルート・ソロ~ヴァイオリン・ソロというように全体的にトラッド色が濃い8分強の「Dream of Me」、メロディアスなピアノとブラス系シンセ、生音っぽいブラス(サンプリング?)が絡み合う初期のChicagoのようなサイケ色を感じる「The Spell」、ドラマティックな曲想にハードな泣きのギターとフルートが絡むプログレッシヴでブルージーな「By a River」、アーシーなギターとフルートの絡み合いからMarillion風に展開する「Could Have Been」、初期Genesisの繊細さの背後でエッジのきいたギターが宙を舞う(挿入されるフルートのメロはやはりトラッド的ですが・・・・)「Offertory Song」、It’s A Beautiful DayのUK的翻訳のような「Falling」、雄大な曲調とDorisのヴォーカルがゆったりとスパイラル状に上昇していくような「Hold Me」、J.Airplane的な展開にHR/HM風のギターが交錯する「Ill Wind Blowing」、Si-Music一派のようなギターを前面に打ち出したポンプ・ロック的なサウンドの「The House」、アコ・ギとハモンド・オルガン、ピアノを効果的に使った「Better Be Good」、フォーク・ロック的なタッチの背後でスペイシーな音も飛び交う「For Mercy」まで、かなり趣向を凝らした音作りだという印象はあるですが、逆にその分だけ焦点がボヤケてしまっているような気がしないでもありません。よく練られた曲想の中にトラッド、サイケデリック、シンフォニック(かなりポンプ寄りですが・・・)の要素を詰め込んだ手堅いアンサンブルが、逆に掠れた声の持ち主(まるでStievie NicksかBonnie Tylorのようです)のDoris Brendelの個性を殺してしまっているような気がします。もっと彼女に自由に歌わせてもよかったのではないかという気もします。
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不条理音盤委員会 343 Quella Vecchia Locanda
- 2006/04/13(Thu) -
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イタリアン・ロックには美しく叙情的なサウンドを得意とするグループは多いのですが、このQuella Vecchia Locandaが1974年に発表した2ndアルバム「Il Tempo Della Gioia~歓喜の時」もその範疇に含まれる優れた作品だと思います。前作からベースとヴァイオリンがメンバー交代をしたとはいえ、その音楽性は全く変わりがなくピアノに絡みつくようなヴァオリンやフルートの美しいメロディを筆頭にクラシカルでロマンティックな側面とジャズやハード・ロックの要素を組み込んだアグレッシヴな展開をモザイク状に構築したこのアルバムは、イタリアという国をまさに音楽で象徴させたかの如き、歴史の重みと陽光の明るさ、そして翳りを十分感じさせる内容に仕上がっているのではないかと感じます。ヨーロピアン・エレガンスあふれるピアノと情感たっぷりのヴァイオリンに導かれて、スパイラル状にドラマティックに豊かに展開していくシンフォニック・アンサンブルと切なさと情熱が同居したかのようなヴォーカル・ラインの対比というあくまでも清冽で洗練されつくしたイメージの「Villa Doria Pamphili」で一発KOされてしまうのですが、続くトラッド風のメロディーが緊張感をはらんだアコースティック・アンサンブルによって次々と表情を変えていき、チェンバロとピアノに支えられてフルート、ヴァイオリン、ヴォーカルが宙を舞いながら気高くも濁りのない透明な音世界を繰り広げる「A Forma Di...(To Shape Of...)」で我を忘れ、メランコリックなイントロから徐々にヒート・アップして頂点に達した途端に、ハード・ロックとフリー・ジャズが融合したようなアヴァンギャルドな展開の中をヴォーカルを含めた各種楽器がここぞとばかり目まぐるしく跳ね回り、唐突に終了するまさにタイトル通りの一種のエクスタシーすら覚える「Tempo Della Gioia(The Time Of The Joy)」で茫然自失し、ピアノとヴァイオリン、それにヴォーカルの3者によるフリー・フォームなスタイルからヴァイオリン・ソロのクラシカルでメロディアスなパート~クラリネットが主導権を握る疾走するジャズ風のパートから一転して優雅なピアノ・ヴァイオリンと濃密なヴォーカルのコントラストが眩しい展開部を経て、再度サックスをフロントに打ち出したジャズ・ロック風の演奏でフェード・アウトしていく「Un Giorno, Un Amico(A Day, A Friend)」で呆気に取られ、宗教的な雰囲気を感じる混声合唱部から続く美しく儚いヴォーカルを虚無的で暴力的ですらあるインストが不安と破壊を煽り立てるような凄まじいゴシック的なムードを醸し出しながら突き進み、最後はノイズの嵐の中に埋没していくといった重厚なサウンドの「E Accaduto Una Notte(And Happened One Night)」まで、一人の人間が正気から狂気に移りゆくさまを描写したのではないかと思えるようなコンセプトを感じさせるような気がします。イタリアン・ロックを聴く上では避けられないアルバムではないでしょうか??

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不条理音盤委員会 341 Citta Frontale 「El Tor」
- 2006/04/11(Tue) -
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イタリアン・ロックの中でも異彩を放っていたOsannaは1974年に分裂してしまうのですが、Massimo GuarinoとLino Vairettiの2人が中心となって結成されたバンドがこのCitta Frontaleです。本家Osannaの呪術的なサウンドとは異なったシンプルなメロディーを緻密なアンサンブルで表現するといった手法を、ジャズ・ロックやフォーク・ロック(一部地中海風味のトラッドの要素も強いのですが・・・)のエッセンスをまぶして展開したこのアルバムはP.F.Mにも通じる豊かな歌心を存分に味わえる作品に仕上がっていると思います。一つ一つの楽器の音色を大切にしたような繊細なフレージングが徐々に重なっていき、夢みるような温かさを感じるようなインスト・ナンバーの「Alba Di Una Citta」から始まり、ジャズ・フュージョン風に早急に展開するインストと共に早口言葉のようなLino Vairettiのヴォーカルと懸命に後を追うようなコーラス部が微笑ましい「Solo Unti...」、地中海の陽光を連想してしまう明るいタッチの中で、控え目にサックスやギターが歌い、エンディングに奏でられるフルートの音色が全てを締めくくるような和やかな雰囲気をもった「El Tor」(それにしてもどうしてこの曲に「雷神」という邦題が伏せられているのでしょうか・・・・)、アコースティックなヴォーカル・パートを包み込むようにメランコリックな印象を強く感じるサックスとフルートをメインにした落ち着いたタッチの演奏が繰り広げられる「Duro Lavoro」、ファンキーでメロディアスなテーマが自由自在に舞い、一気に加速度を増して疾走する感があるインスト曲の「Mutarione」、リズミカルなピアノとユーモラスなヴォーカル・パートに茶々を入れるようなサックスとフルート、そこに奇妙なスペイシーな音が加わるといった祝祭的なイメージもある「La Casa del Mercante Sun」、切ないギターとハーモニカが耳に残るジェントリーなフォーク・ソング風の「Milion Di Persone」、静/動のアンサンブルの対比が面白く、最後はダイナミックに目まぐるしい展開を見せながらも、どこかほのぼとした感がある「Edulibrio Divino?」まで、インターナショナル志向のUnoとは正反対のイタリア人的な視点というスタンスに基づいたある意味土着的な要素(インナー・スリーブのメンバーのコラージュが独特ですね)すら覚える淡くてパストラルなイメージが結構気に入っているのです。
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不条理音盤委員会 340 P.F.M 「Chocolate Kings」
- 2006/04/10(Mon) -
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イタリアン・ロックを語る上では無視できないPremiata Forneria Marconiなのですが、数多くの名作がある中で未熟者の片桐が最初に選ぶのが1975年に発表された6枚目のアルバム「Chocolate Kings」です。よりインターナショナル志向を狙ったこのアルバムではBernardo Lanzettiをリード・ヴォーカルに迎えて、テクニカルな面を前面に打ち出したよりテンションの高い濃密でスリリングな演奏を展開するようになりました。全編が英語で歌われている、あるいはジャズやポップスのイディオムを大々的に導入したために、以前の作品に見られたような、いかにもイタリア的な感覚に基づくクラシカルな叙情性が喪失してしまったという面ではターニング・ポイントであると思われるのですが、逆に新たな一面としてFranco Mussidaの弾けるような歌心あふれるポップ・センスが全開になったという意味ではもっと評価されてもいい作品だと思います。しなやかなベース・ラインと切れ味の鋭いドラムという鉄壁のリズム・セクションに支えられ、Paganiのヴァイオリン・フルートがMussidaのギター、Premoliの鍵盤と交錯する中でメロディアスな雰囲気を存分に含んだ伸びやかな歌声を聴かせるLanzettiのヴォーカルを前面に打ち出した「From Under」、きめ細かいアコースティックなアンサンブルとジャズ・タッチの硬質な演奏をたくみに配置させ、熱狂的な祝祭的なムードをたたえながらもどこかクールに音を紡ぐ5人と対象的にLanzettiの優しげなヴォーカルがヒート・アップしていくような「Harlequin」、イタリアン・バロックの香りを思わせるフレーズがファンキーに展開され、全面的にムーグ・シンセをフューチャーした華麗なナンバー「Chocorate King」(Mussidaのギター・ソロがこれまた深みを感じます・・・・)、これまたMussidaの滑らかな指さばきのギター・ワークに負けじとばかりにエキゾティックなフレーズを弾きまくるPagani、続いてギターとエレ・ピが全力疾走しながらLanzettiのヴォーカルを煽り立て、最後にはインプロ風に緊張感あふれる演奏とリリカルでロマンティシズムあふれるギターとエレ・ピのデュオとがモザイク調に構築されたラテン感覚あふれる「Out On The Roundabout」(個人的にはタイトルからもYesを意識しているような気もしますが・・・)、パストラルでクラシカルな導入部から、ギター、ヴァイオリン、ヴォーカルが互いを意識しながら火花を散らす展開部~ギターのアルペジオに導かれてヴァイオリンが主導権を握り、リズム隊が走り回るジャジー感覚あふれるインスト・パート~ここまでの興奮を冷ますかのように鍵盤の音に寄り添うようなヴォーカルと目まぐるしい展開を聴かせながらも、根底にはロック・バンドという意識を強く持ったような「Paper Charms」まで、ワールド・ワイドな展開を見据えたスタイリッシュな方法を模索しながらも、「情熱」や「熱狂」といったイタリアらしい血脈をも存分に感じるといった印象があります。このアルバムを最後にMauro PaganiはP.F.Mを脱退するのですが、彼が内なる自分を見出さそうとしたのに対して、P.F.Mは外へ向けた自分というものを探求するようになっていきます。これ以降のP.F.Mに対しては厳しい評価が下されているようですが、それは初期のイメージをもって彼らを単一的に解釈しようとしているからであり、その立っている位置こそ違えども彼らはいつでも歌心で己れの心象風景をストレートに表現し続けていることを忘れてはいけないと思うのです。

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不条理音盤委員会 330 Tabula Rasa 「TABULA RASA」
- 2006/03/23(Thu) -
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フィンランドのプログレッシヴ・バンドTabula Rasaが1975年に発表した1stアルバムです。Heikki Silvennoinen のブルージーなギターとJarmo Sormunenによるよく歌うフルートをフューチャーしたサウンドは、メロディアスでありまた叙情的な感覚を伴ったシンフォニック・サウンドの範疇に含まれるのではないかと思います。ブリティッシュ・ロックを手本にしていると思われるのですが、曲の合間に挿入されるピアノやアコギの響きを効果的に生かしたスタジオ・ワークや仄かなトラッドの香り、また独特のイントネーションを持つフィンランド語のヴォーカルといった要素が相俟って、妙にノスタルジックな気分にさせてくれる一枚だという気がします。ビートを強調したロック・サウンドという趣きのメロに後半部では少々泣きの入ったギターとフルートが交錯していく展開が挿入される「Lähtö」、クラシカルなピアノに導かれての冒頭から、ギターとフルートがヴォーカルに寄り添いながらジェントリーで深遠なイメージをかきたてる演奏を繰り広げていく「Miks' ette vastaa vanhat puut」、Led Zeppelinの「Stairway To Heaven」にそっくりな歌メロに女性のスキャットとブルージーなギターが絡む「Gryf」、フルートのリフと歌メロ、女性のスキャットが当時の日本の歌謡曲に酷似した(GSぽいのですが、意識したのかどうかは不明です)「Tuho」、フィンランド・トラッド的なユーモラスなヴォーカルをフューチャーしながら、アンサンブルも同様のフレーズを次々と展開していく土着的な雰囲気の「Tyhjä on taulu」、サイケデリックな感じもするギターとフルートが互いに牽制しながらポップなフレーズの応酬を繰り返すインスト・ナンバーの「Nyt maalaan elämää...」、リリカルなアコ・ギとフルート、女性スキャットを組み合わせながら初期Camelを思わせるようなファンタジックな音像を構築する中にワウ・ペダルを踏みまくったエッジの鋭いギター・ソロ~快速ジャジーなフルート・ソロが挿入された8分強の大作「Vuorellaistuja」、転がるようなピアノ、哀愁漂うギター・フレーズ、そいてハート・ウォーミングなヴォーカルが切なさを誘う「Prinssi」まで、決して洗練されているとは言えないのですが、どこか青白い炎のような情念のようなものを感じてしまう一枚なのでありました。

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