その人がアール・グレイではなく、アイリッシュ・ブレックファーストを注文するときは決まって機嫌が悪い日だった。
しかも、濃いめに淹れたミルクティーというのだから最悪だ。
もっとも不機嫌の理由は些細なもので、せいぜい長い髪が湿気でまとわりつくとかお気に入りのベルベットのリボンの結び目の形がうまくいかないといった程度なので、こっちとしては彼女の気が和らぐまでひたすら待つしかなかった。
彼女の細くて柔らかくて長い髪も好きだったので、邪魔だったら切れば?とは言えなかった。その一言で即座に席を立って美容院でバッサリ切るのが目に見えていたからだ。

と、いうわけでRalf Wehowskyが結成したジャーマン・エクペリメンタル最初期のバンドP.Dの1980年の伝説的な1stアルバム「Inwegols」。後にP16D4へと発展していくこのユニットの作品はドイツで最初のカセット・レーベルの一つWAHRNEMUNGEN(これまたP16D4と共にSELEKTIONへ拡大)からリリースされたのだが、多分持っているLPは再発盤か盤起こしのブートレグだと思う。ただ近年再発されたCDと聴き比べても音像そのものにはさほど変わりはない。もともと極めてチープな音だからである。全編を通じて明確なメロディーのようなものは存在せず、電子ノイズとテープ・コラージュが駆使された実験的なフリー・ミュージックが展開されている。意味もなく律動を刻むリズム・ボックスに合わせて様々な音が左右に飛び散っていくだけなのだが、それはアート感覚とブラック・ユーモアの視点を兼ね備えた極めてシニカルな目線がある。P.Dというユニット名は「Progressive Disco」の略語らしいが当然のごとく踊れるわけもなく、アヴァンギャルドに満ちた音の中から弛緩しきったヴォイスが挿入され、非現実音がその緩んだ空気を引き締めるべき鳴らされるだけである。それでも、まだこの頃のRalf Wehowskyは音楽を構築しようと試みている。様々な断片を苦労してつなぎ合わせたそれらの音は一聴するとミュージック・コンクレートの追随にも思えてくるのだが、アンチテーゼを主張するまでにはいかなかったようである。これ以降、彼は他人の音楽を一度ズタズタにして再構成するといったいわゆるエクスチェンジド・ミュージックへと進化していくことになるのだが、その過程となったユニットP16D4についてはまた別の機会に述べようかと思う。
しかも、濃いめに淹れたミルクティーというのだから最悪だ。
もっとも不機嫌の理由は些細なもので、せいぜい長い髪が湿気でまとわりつくとかお気に入りのベルベットのリボンの結び目の形がうまくいかないといった程度なので、こっちとしては彼女の気が和らぐまでひたすら待つしかなかった。
彼女の細くて柔らかくて長い髪も好きだったので、邪魔だったら切れば?とは言えなかった。その一言で即座に席を立って美容院でバッサリ切るのが目に見えていたからだ。

と、いうわけでRalf Wehowskyが結成したジャーマン・エクペリメンタル最初期のバンドP.Dの1980年の伝説的な1stアルバム「Inwegols」。後にP16D4へと発展していくこのユニットの作品はドイツで最初のカセット・レーベルの一つWAHRNEMUNGEN(これまたP16D4と共にSELEKTIONへ拡大)からリリースされたのだが、多分持っているLPは再発盤か盤起こしのブートレグだと思う。ただ近年再発されたCDと聴き比べても音像そのものにはさほど変わりはない。もともと極めてチープな音だからである。全編を通じて明確なメロディーのようなものは存在せず、電子ノイズとテープ・コラージュが駆使された実験的なフリー・ミュージックが展開されている。意味もなく律動を刻むリズム・ボックスに合わせて様々な音が左右に飛び散っていくだけなのだが、それはアート感覚とブラック・ユーモアの視点を兼ね備えた極めてシニカルな目線がある。P.Dというユニット名は「Progressive Disco」の略語らしいが当然のごとく踊れるわけもなく、アヴァンギャルドに満ちた音の中から弛緩しきったヴォイスが挿入され、非現実音がその緩んだ空気を引き締めるべき鳴らされるだけである。それでも、まだこの頃のRalf Wehowskyは音楽を構築しようと試みている。様々な断片を苦労してつなぎ合わせたそれらの音は一聴するとミュージック・コンクレートの追随にも思えてくるのだが、アンチテーゼを主張するまでにはいかなかったようである。これ以降、彼は他人の音楽を一度ズタズタにして再構成するといったいわゆるエクスチェンジド・ミュージックへと進化していくことになるのだが、その過程となったユニットP16D4についてはまた別の機会に述べようかと思う。
よく「天然ボケ」と称される人がいますが、アシスタントの美由紀ちゃんも絶対そういうジャンルに分類されるのには間違いなく、それでいて本人はそれを認めたがらずに、「今のボケは計算して言ったので、天然ではなく人工化合物ボケです」とか「いつか、これを言おうと思っていたので、これは養殖ボケです」とか、強気な発言を繰り返しているのですが(笑)。。。。。。。

と、いうわけで京都を拠点として活動していたのいづんずりが1986年に発表した2ndアルバム「人間は金の為に死ねるか」でございます。こののいづんずりというバンドというかユニットは、初期は「日本のノイバウテン」とかいう異名を持つ過激なステージングで有名だったそうですが、85年にテレグラフから出した「抱擁」の頃には、ゲストに戸川純を迎えて日本的・土俗的な民謡や祭囃子風の音にインドリ・イガミのハイトーンの奇妙奇天烈なヴォーカルが被るという音になっていました。この2ndアルバムでは若干のメンバー・チェンジがあり、インドリ・イガミ(Vo)、福田研(B)、鰐好吾郎(管楽器)、田馬田-M(G)、マーガレット・サガネ(Dr)という5人にお囃子連と称するこのグループのファンの女の子3人がコーラスで入るという編成になっていて、サガネさんのフロア・タムを中心とする重苦しくも土俗的なビートを中心にギターと各種管楽器が乱れ舞う中で、どうでもいいようなナンセンスさあふれる(時にはエロエロも)歌詞が歌われるといった具合のいかにも関西アンダーグラウンドの一翼を担っていたというこのバンドの面目躍如たる部分が全開になっています。ヴォーカル・パートが実は一番面白くないのですが、バックで思う存分不可思議なフレーズで暴れまくる田馬田-M氏のギターのアヴァンギャルドさはGang Of FourのAndy Gillに匹敵すると思いますし、フリーキーに吹きまくる鰐好さんのサックスもまた当時のインディーズ界にあっては異色のものだったのではないでしょうか?このバンド、田馬田氏の話によれば、「イガミくんがバンドを去る前の最後のライヴは印象に残っている。あれは京都芸大の学園祭でのこと。学生達が模擬店をやってたんやが、そこでイガミくんは酒を呑みまくってベロンベロン。のいづんずりの演奏中、全く歌えずステ−ジ上で眠りこけてしまった。僕らの後で少年ナイフが演奏したんやけど、イガミ君はその間中ステ−ジ上で眠ったまま(笑)。全員一致で「これはクビにするしかない」と。ベースの福田君がリード・ヴォーカルを担当して、そのまま活動を継続したんやけど、しばらくしてドラムのサガネさんも辞めてしまった。すべてがバラバラになりつつあって、僕も結局辞めた」とのことで空中分解してしまいました。
当時、インディーズ系では色々と面白いバンドがいましたね。Fool’s Mateとか宝島を見て三軒茶屋の「フジヤマ」に走ったものです(笑)。今となっては懐かしい時代かも……(-。-) ボソッ。

と、いうわけで京都を拠点として活動していたのいづんずりが1986年に発表した2ndアルバム「人間は金の為に死ねるか」でございます。こののいづんずりというバンドというかユニットは、初期は「日本のノイバウテン」とかいう異名を持つ過激なステージングで有名だったそうですが、85年にテレグラフから出した「抱擁」の頃には、ゲストに戸川純を迎えて日本的・土俗的な民謡や祭囃子風の音にインドリ・イガミのハイトーンの奇妙奇天烈なヴォーカルが被るという音になっていました。この2ndアルバムでは若干のメンバー・チェンジがあり、インドリ・イガミ(Vo)、福田研(B)、鰐好吾郎(管楽器)、田馬田-M(G)、マーガレット・サガネ(Dr)という5人にお囃子連と称するこのグループのファンの女の子3人がコーラスで入るという編成になっていて、サガネさんのフロア・タムを中心とする重苦しくも土俗的なビートを中心にギターと各種管楽器が乱れ舞う中で、どうでもいいようなナンセンスさあふれる(時にはエロエロも)歌詞が歌われるといった具合のいかにも関西アンダーグラウンドの一翼を担っていたというこのバンドの面目躍如たる部分が全開になっています。ヴォーカル・パートが実は一番面白くないのですが、バックで思う存分不可思議なフレーズで暴れまくる田馬田-M氏のギターのアヴァンギャルドさはGang Of FourのAndy Gillに匹敵すると思いますし、フリーキーに吹きまくる鰐好さんのサックスもまた当時のインディーズ界にあっては異色のものだったのではないでしょうか?このバンド、田馬田氏の話によれば、「イガミくんがバンドを去る前の最後のライヴは印象に残っている。あれは京都芸大の学園祭でのこと。学生達が模擬店をやってたんやが、そこでイガミくんは酒を呑みまくってベロンベロン。のいづんずりの演奏中、全く歌えずステ−ジ上で眠りこけてしまった。僕らの後で少年ナイフが演奏したんやけど、イガミ君はその間中ステ−ジ上で眠ったまま(笑)。全員一致で「これはクビにするしかない」と。ベースの福田君がリード・ヴォーカルを担当して、そのまま活動を継続したんやけど、しばらくしてドラムのサガネさんも辞めてしまった。すべてがバラバラになりつつあって、僕も結局辞めた」とのことで空中分解してしまいました。
当時、インディーズ系では色々と面白いバンドがいましたね。Fool’s Mateとか宝島を見て三軒茶屋の「フジヤマ」に走ったものです(笑)。今となっては懐かしい時代かも……(-。-) ボソッ。
ちょっとした出張の筈だったのに、出先でついつい本業以外のことで盛り上がってしまい、ファミレス系焼肉店で晩御飯を食べた片桐と言います。その店に入って目が点になったことがありまして、それはボックス席で女子高生が制服のまま友達と二人で焼き肉を突っついていたということでありまして、別に制服姿の女子高校生が焼肉を食ってはならぬという法度も存在しないわけですが、テーブルの上にはカルビやらミノやらタンやらの大皿が並んでいて、それを次々と焼いては口にするという光景が結構迫力満点でチョイとビビった次第です。
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というわけで、イギリスはNewcastle出身のポスト・インダストリアル・ユニットZoviet Franceが1990年に発表した14枚目のアルバム「Look Into Me」です。このユニットはかなりの数の作品を世に送っているわけなのですが、初期の頃のカセット作品は木の板や布紙、あるいは陶器というジャケット?に入っていて、場合によってはカセットが取り出せないとか、保管に非常に邪魔くさかったということでも有名なのですが、今となっては全作品全てCDで聴けるようになったというのですから、世の移ろいも結構捨てたものじゃないなぁ〜というような気がします。まぁ、そういうユニットですから、当時はメンバーの名前やタイトルといったインフォメーションも皆無だったのですが、これまた自身のWebで面子を紹介したりしていて、このアルバムではBen Ponton、 Mark Spybey 、Robin Storeyの3人が制作に関わっているようです。元々オリジナル・インダストリアル・サウンドの実験精神を継承しながら輪郭の不明瞭なハーシュ・ノイズ的な音を出し続けてきた彼らですが、このアルバムでも基本的には土俗的な要素をエレクトロニクスで翻訳したようなコンセプチュアルな音響工作的なトラックが主体となっていて、そのアンビエントに構築された高次元的な感覚は中期NEに共通するような印象があります。様々な非現実的な音をコラージュし続けた、いかにも彼らしい24分にも及ぶノイズ・マンダラ的な大作「Cair Camouflet」でこのユニットに対する評価は個人的には★★★★★の片桐なのですが、もうこの段階で大半の人は聴くのを諦めてしまうのは間違いないと思います。続く「LevenSwitch」は教会音楽を連想させ、女性の呟きをひたすら重ねていった「At The Moment」、エフェクトをかけた鳴り物が闊歩する「Fidgety Foot」、ヴォイス?に極端なエコーをかけて不安を煽り立てたあとで、突如として笛の音(軋み音かも・・・)が挿入される「Low Creeper」、脈動的なパーカッションに子供の声にように聴こえる変調されたヴォイスが絡む「Melangell」、ヴォイスのループが自由に音像の定位を変えていく「Look Into Me」、エスノ的な音をテープ処理した「Amadan」といった具合にある程度同じ素材を使いながら、それに様々な加工を施した一種のミュージック・コンクレート的な意味合いも含む作品なのですが、当然の如く万人にお薦めできるものではありません。
でも、鬱のときに聴くと結構救われる気になるのですが。。。。。
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というわけで、イギリスはNewcastle出身のポスト・インダストリアル・ユニットZoviet Franceが1990年に発表した14枚目のアルバム「Look Into Me」です。このユニットはかなりの数の作品を世に送っているわけなのですが、初期の頃のカセット作品は木の板や布紙、あるいは陶器というジャケット?に入っていて、場合によってはカセットが取り出せないとか、保管に非常に邪魔くさかったということでも有名なのですが、今となっては全作品全てCDで聴けるようになったというのですから、世の移ろいも結構捨てたものじゃないなぁ〜というような気がします。まぁ、そういうユニットですから、当時はメンバーの名前やタイトルといったインフォメーションも皆無だったのですが、これまた自身のWebで面子を紹介したりしていて、このアルバムではBen Ponton、 Mark Spybey 、Robin Storeyの3人が制作に関わっているようです。元々オリジナル・インダストリアル・サウンドの実験精神を継承しながら輪郭の不明瞭なハーシュ・ノイズ的な音を出し続けてきた彼らですが、このアルバムでも基本的には土俗的な要素をエレクトロニクスで翻訳したようなコンセプチュアルな音響工作的なトラックが主体となっていて、そのアンビエントに構築された高次元的な感覚は中期NEに共通するような印象があります。様々な非現実的な音をコラージュし続けた、いかにも彼らしい24分にも及ぶノイズ・マンダラ的な大作「Cair Camouflet」でこのユニットに対する評価は個人的には★★★★★の片桐なのですが、もうこの段階で大半の人は聴くのを諦めてしまうのは間違いないと思います。続く「LevenSwitch」は教会音楽を連想させ、女性の呟きをひたすら重ねていった「At The Moment」、エフェクトをかけた鳴り物が闊歩する「Fidgety Foot」、ヴォイス?に極端なエコーをかけて不安を煽り立てたあとで、突如として笛の音(軋み音かも・・・)が挿入される「Low Creeper」、脈動的なパーカッションに子供の声にように聴こえる変調されたヴォイスが絡む「Melangell」、ヴォイスのループが自由に音像の定位を変えていく「Look Into Me」、エスノ的な音をテープ処理した「Amadan」といった具合にある程度同じ素材を使いながら、それに様々な加工を施した一種のミュージック・コンクレート的な意味合いも含む作品なのですが、当然の如く万人にお薦めできるものではありません。
でも、鬱のときに聴くと結構救われる気になるのですが。。。。。

昨年ちょっと話題になったフリー・フォーク勢の中でも評価が高かったEspersなのですが、そのアルバムの中で独特の浮遊感をもったチェロの音が幽玄さやミステリアスな雰囲気を醸し出していたような気がします。そんなEspersのチェロ奏者Helena Espvallさんのデビュー・ソロ作がこの「Nimis &Ark」です。元々スウェーデン生まれのHelenaさんは様々なローカルなロック・バンドでチェロやギターを弾いていたようですが、2000年にアメリカ・フィラデルフィアに移住してからはEspersへの加入と同時にFursaxa,、From Quagmire、Samara Lubelski、Pauline Oliveros、, Sharron Krausといったアーティストとのセッションを重ねていくようになります。そこで得た多くの音楽的な経験をフィードバックさせて完成させたのがこのアルバムで、Geroge Koreinのプロダクションのもとでマジック・リアリズム的ともいえそうな聴く物を翻弄するが如き摩訶不思議な音響空間を創出してくれました。
ギターとチェロが自由に飛び交うフリー・ミュージック風の「Idioblast」、チェロとストリングによるクラシカル(かなりダークですが。。。)な「Kretslopp Av Blod Och Stjarnor」「Tidepools」、ガムランを模したような「Nimis & Ark」、ソロのチェロによるインプロゼーション的な「Certainty of the Neverseen」、 金属的な音色の単音のギターやキーボードが東南アジア的なメロをミニマル的に繰り返す「Multiplication Broklen And Restored Part1」、タイトル通りに不安を誘うように音程を激しく上下させてチェロが緩急自在に走り回る「The Straight Line Leds To Hell」、琴のようなシンセの音と幽玄で東洋的なヴォーカルが聴かれる「Mar Amarga」、スエディッシュ・トラッドをアシッド漬けにしたようなチェロ独奏曲「Purgatory Chasm」、Part1よりサイケデリック度が濃くなった「Multiplication Broklen And Restored Part2」、やはりトラッドをドラッギーに解釈したような「Vortex」まで、あえて攻撃性を前面に出したかのようなチェロのささくれ立った音を中心に、荒涼たる音の世界が繰り広げられているような気がします。Helenaさん自身の製作意図は不明なのですが、このアルバムの奇妙な幻視空間に映し出されるもの全てが捻じ曲がっていたり、逆さまだったりするという、まるでサルバドール・ダリの絵画に通じるようなものがあるような気もします。
試聴音源はこちらから
http://www.myspace.com/helenaespvall
http://cdbaby.com/cd/helenaespvall
最近気が滅入っている片桐と言います。
そんな時にはスペインの電子ノイズ系ユニットであるESPLENDOR GEOMETRICOのCDを聴くと結構気分も上向きになってくるような気がします。このユニットはArturo Lanz、Gabriel Riaza、Juan Carlos Sastreという3人組で80年頃から活動を開始していたようで、初期の頃はDevoやKraftwerkといったテクノ・ポップに影響を受けたと思われる反復するリズム・ボックスに電子ノイズや様々なコラージュが組み合わされるというジャーマン・ノイズっぽい音でしたが、徐々に規則的な金属系インダストリアル・サウンドを前面に打ち出すようになり、より簡素化したチープなエレクトロ&インダストリアルなビートが延々続くといったまさにテクノイズといった音に変貌していきました。そういった音楽性の変化に伴って、現在のメンバーはArturo Lantzのみになり、ライブの際にはサポートを得て活動しているようですが、それと前後するように1990年からはMost Significant Beatというユニット名でメカテクノ・ミュージックの方面にも進出しているようです。最近では極めて入手困難とされていた初期音源が3枚組LPで再発されるといった具合に多少は注目を浴びているような傾向もありますが、その独特の錆びたような音色はやはり一般向けとは言いがたいですね。

この1988年に発表された「Mekano Turbo」ではそんな彼らの音楽性の過渡期を象徴するが如く、従来のマシーナリーなビートを基盤としながらも、大げさとも思えるなヴォイス・パートやアラビア〜イベリア半島のトラディショナルな音楽のコラージュ、それにトランスやトライバル・テクノに通じるようなリズムの導入と、かなり大胆なアプローチを試みていたりするのですが、根底にある赤錆を撒き散らかしたようなインダストリアル感覚は純粋に保持しているといった印象のある名作に仕上がっています。APHEX TWINも影響を受けたといっても過言ではない早すぎたイベリア半島の未来派音楽ともいえる彼らの作品は前述したように時期によって多少の差異はあるものの、どの作品からも全くポジティヴな感情というものが感じられないのも、また戦略の一つなんだろうとついつい感心してしまいます。
試聴音源はこちらから
http://www.geometrikrecords.com/esplendor/i_index.htm
そんな時にはスペインの電子ノイズ系ユニットであるESPLENDOR GEOMETRICOのCDを聴くと結構気分も上向きになってくるような気がします。このユニットはArturo Lanz、Gabriel Riaza、Juan Carlos Sastreという3人組で80年頃から活動を開始していたようで、初期の頃はDevoやKraftwerkといったテクノ・ポップに影響を受けたと思われる反復するリズム・ボックスに電子ノイズや様々なコラージュが組み合わされるというジャーマン・ノイズっぽい音でしたが、徐々に規則的な金属系インダストリアル・サウンドを前面に打ち出すようになり、より簡素化したチープなエレクトロ&インダストリアルなビートが延々続くといったまさにテクノイズといった音に変貌していきました。そういった音楽性の変化に伴って、現在のメンバーはArturo Lantzのみになり、ライブの際にはサポートを得て活動しているようですが、それと前後するように1990年からはMost Significant Beatというユニット名でメカテクノ・ミュージックの方面にも進出しているようです。最近では極めて入手困難とされていた初期音源が3枚組LPで再発されるといった具合に多少は注目を浴びているような傾向もありますが、その独特の錆びたような音色はやはり一般向けとは言いがたいですね。

この1988年に発表された「Mekano Turbo」ではそんな彼らの音楽性の過渡期を象徴するが如く、従来のマシーナリーなビートを基盤としながらも、大げさとも思えるなヴォイス・パートやアラビア〜イベリア半島のトラディショナルな音楽のコラージュ、それにトランスやトライバル・テクノに通じるようなリズムの導入と、かなり大胆なアプローチを試みていたりするのですが、根底にある赤錆を撒き散らかしたようなインダストリアル感覚は純粋に保持しているといった印象のある名作に仕上がっています。APHEX TWINも影響を受けたといっても過言ではない早すぎたイベリア半島の未来派音楽ともいえる彼らの作品は前述したように時期によって多少の差異はあるものの、どの作品からも全くポジティヴな感情というものが感じられないのも、また戦略の一つなんだろうとついつい感心してしまいます。
試聴音源はこちらから
http://www.geometrikrecords.com/esplendor/i_index.htm