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不条理音盤委員会 656 Tanya St.Val 「Ansanm’」
- 2009/08/09(Sun) -
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今、思えばZoukって何だったんだろうね?
突如としてカリブの旋風みたいにKassav’が80年代後半に日本に紹介されてさ、フレンチ・カリビアン~~とか猫も杓子も言いだすようになった頃が非常に懐かしいんだよね??サルサもメレンゲもルンバもそしてレゲエまでもみんなごちゃ混ぜにしたラテン・ベース+アフロ・ポップ的な感覚の華やかなグルーヴをベースにしてさ、その上にこれでもか!といった具合にDX-7で塗りつぶしたその音は確かにカラフルで楽しかったよね??まるで砂糖菓子みたいだった。でも、そんな方法論がカリブ海を中心に広まっていくと、何かどれもが同じ音に聴こえてきて結局はすぐに飽きられてしまったんだよね。気楽に楽しめることだけは間違いなかったけどね?Zoukそのものは決して廃れたわけでもなくてさ、未だにマルチニクとかでは人気があるスタイルだけど、やっぱりR&Bとかハウスとかトランスっぽくなってしまっているのは仕方がないことなんだ。
Tanya St.Valさんもそういった一人なんだけど、2002年に出した「Ansanm’」はもうZoukとかいったスタイルを超越して汎カリブ音楽というかアフロ=カリビアン的な音が目立っているんだ。ジャケットもちょっとモータウンぽいし、不思議な感じがするよ。アフリカン風のチャントから一気にZoukに突入する「Nyango ohé」は懐かしい気がするし、ドミニク・ココの小鳥のような歌声がフューチャーされた「Sa mwen ka mandéw」とかSlaiとデュエットしている「Only pou mwen」はあの頃とは一風異なった涼風のような印象も覚えてしまう。R&B風の「Tant qu’on aime」やシンセをハモンド風に鳴らしたソウルっぽい「Adonai」とかになるとやっぱり違和感を覚えてしまう。やっぱりZoukには「Anmwé」みたいなアフロっぽい音や「Caribbean feelin」みたいなカリプソのリズムを使った曲が似合うよね?後半の「Solitude」とか「Ansanm」とかになると、もうアフロ・カリビアンの亜流といったイメージでそういったところにZoukの現状が如実に反映されているように思えてきてちょっと悲しくなってもくるよ。やはり「Universelle」みたいなエレクトロなスタイルに進んでいくのだろうか?このアルバムってヴォーカル・アルバムとしてはいい出来だとは思うんだけど、そういった意味でTanyaさんの迷いみたいなものも反映されているんじゃないかと思うよ。ローカルなスタイルであり続けるか、それともワールドワイドな展開を繰り広げるかってことだろうね。Kassav’とかで踊りまくった身にとってはさ、あのムンムンとした熱気のようなものがないとZoukという気がしないんだ。
じゃあね、今度はMalavoiでも聴こうか??

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.fr/AnsAnm-Tanya-St-Val/dp/B00007B5UR
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不条理音盤委員会 587 Wilfrido Vargas 「Siempre Wilfrido」
- 2008/09/23(Tue) -
避難訓練の話。
その日に行われると知っていながらも、朝からオフィスでいろいろと雑用をこなしていたのですが、ついに館内に鳴り響く非常ベルの音、続いて総務課から避難指示のアナウンス。「面倒だよね~~」と文句を言う片桐&美由紀ちゃんの脇を次々とみんなが移動していきます。一向に机の前から動こうとしない二人にフロアの防災担当者が「片桐さん(この場合本名で呼ばれているのですが。。。)早く~早く!」という煽りを無視して、つい「俺にかまわずみんな逃げろ~~!」と言ってしまった瞬間、目に入ったのが総務課長と消防署の人。「チェッ」と舌打ちしながら渋々避難訓練に参加しました。

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と、いうわけでメレンゲの革命児とか風雲児とか呼ばれていたドミニカのWifrido Vargasさんが1990年にリリースしたこのアルバム。世間では「エル・クク」のぶっ壊し系メレンゲの方が評判がいいようですが、個人的にはパン・カリビアン的な要素=いわゆるズーク路線の王道のようなこちらの方が好きだったりします。プレイヤーとしてのみならず、エンターティメントに富んだ敏腕プロデューサーとしても名高い彼のこと、流行音楽としてのメレンゲを意識しながら、安定路線に終始しないいかがわしさ満点のラテン・ポップス・アルバムに仕立て上げたという気がします。
ストリング・シンセのオープニングからいきなりメレンゲに突入する「El Heladero」、ルンバ・ロックの雰囲気を漂わせながらホーンがビシバシ炸裂する「Agua」、哀愁のラテン歌謡風の「Me Siento Cruel」、彼の子分的な存在であるアルタミラ・バンダ・ショウも参加したズーク風味の「Leon Salvaje」、大仰なシンセをバックに朗々と歌い上げる「Invitame」、賑やかなテクノ・メレンゲ「El Vampiro」、ドミニカ的お姉ちゃんナンパ・ソングの「Bachata Merengue」、新機軸と思われる打ち込み主体のハウス的なタテノリ・ビートが怪しげな「Maria」、ど・バラードの「Di Lo Que Quieres」、ボサノヴァ風のインスト曲「Bachata Jazz」まで、この時点でWilfrido Vargasさんが興味をもっていた素材を全てメレンゲに突っ込んだという印象があるのですが、ある意味で妙に小粒な印象もあります。「エル・クク」や前作「アニメーション」でのぶっ壊し系メレンゲは確かに聴いていて衝撃的だったのですが、その反動なのかこのアルバムでは割とメレンゲに正面から向き合ったような作りになっています。すなわちワールド・ワイドに向けた視点を再びドミニカ国内へ戻したということになるのですが、ここまでが彼の限界だったと思われます。これ以降の作品ではいわゆるメレンゲの王道路線を歩み続けるのですが、そこには以前の彼のような革新性は感じられず、決まりきったパターンのメレンゲを大量生産していくことになります。最近ではトレードマークの口髭も剃り落としてしまい、すっかり落ち着いた雰囲気で刺激を全く感じないのが個人的には残念です。

http://www.mp3.com/albums/254486/summary.html

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不条理音盤委員会 576 Rico’s Creole Band 「1931- 37」
- 2008/06/11(Wed) -
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元気ですか?
僕は相変わらず、まぁまぁ・・・かな?といったところです。
ちょっと前に君が話していたRico’s Creole BandのCDが届いたよ。
モノラル録音のせいもあって、流れてくるノスタルジックな音にはちょっと眩暈を感じてしまうほどのパラダイス気分を味わっている。もちろん、いつもの如くウォッカをパイナップル・ジュースで割って飲みながら聴いている。
バンドのリーダーであるFilberto Ricoさんのことはよく知らなかったけど、キューバ出身のDon Baretto楽団でクラリネットを吹いていた人なんだね。クラリネットという楽器や“Creole”という楽団名、それにパリで活躍したというところから、僕なんぞはついついマルチニクのAlexandore Stellioさんを思い浮かべてしまうけど、やはり彼もルンバやボレロと共にビギンも演っているんだね。それにしてもずいぶんエレガントでヨーロピアンな雰囲気の漂う演奏に驚いたよ。もっとアフロ・キューバンっぽいのかと勝手にイメージしていたのは大間違いだった。こんなルンバもあるんだ、と再認識。
もっとも、そんなことを口にすれば、彼らやドン・アスピアズ楽団は本来の意味のルンバではなく、アメリカやヨーロッパでダンス音楽として流行したいわゆる“商業的ルンバ”なんだよ、といつもの得意げな表情で僕に講釈する君の顔が思い浮かんでくるけどさ。。。でも、たとえコマシャーライズされたとはいえ、こんなトロピカルでエキゾティックなムードにあふれる音楽に熱狂した当時のパリの人々がちょっと羨ましくも思えてくる。
何曲かで歌っているAntonio Machinはドン・アスピアズのところで「南京豆売り」歌っていた人だよね?彼の声って本当に優しい感じがする。だからよけいにエレガントさを感じてしまうのかな、って気もしてくる。Mariana GuidaさんとChiquita Serranoさんがデュエットしている曲はちょっとコミカルだけど、Chiquitaさんがソロで歌っている曲は全体的にかなり甘い感じの響きだよね?Ricoさんもクラリネットよりはフルートを吹いている曲が多くて、そういう曲ではチャランガやソンにも近い印象を感じる。
でも、クラーベスのリズムの刻み方はやはり“ルンバ”だよね。僕が刻むといつもリズムが跳ねないって、君はいつも笑っていたけど、僕は6/8のハバネラとかが得意なんだ。
Rico’s Creole Bandはこれ以外にもいくつか復刻されているみたいなので、探し出してみることにするよ。
ところで、君と最後に会ったのはいつだっけ?
いつも好き勝手に言いたい放題のメールをくれるだけだよな?
でも、それが気まぐれな君に相応しいんだろうな、と思うことにしている。
じゃあ、またな。。。。

と、友人に宛てたメール風にレビューしてみる。
試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/productinfo.asp?pid=1076270

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不条理音盤委員会 568 アインシュタイン交点で元カノに会ってしまった時に相応しい音楽
- 2008/05/19(Mon) -
新・底ぬけ脱線ゲーム状態の片桐と言います。
「知的な流行の最先端」として使われた筈の「脱構築」も最早手垢にまみれてしまったような感があり、どっかの誰かのように「手紙が届かない可能性があることと決して届かないこととの間には大きな違いがあり、かつまた論文形式ではなく書簡体形式を採用することでメッセージや主体が幾重にも重層化していく効果を狙っている」と叫んでみても、それが単なるボヤキにしか聴こえず、「それなら民営化した意味がないじゃん?」と軽くいなされてしまう世の中で、パナマの伝統的な音楽であるメホラーナとタンボリーナを可愛らしい声で歌っているシルヴィア=デ=グラッセさんの童顔を眺めていると、やはりラテン音楽好きなんだな~としみじみ思ったりもする。

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で、ある事象に対してそれの肯定、否定、中立といった3つの立脚点が存在するのであるが、どの視点に於いても、それは自己の正当化であり、ひいては自己満足なのであって、結局はどのような場合でも決着をつけるには妥協と欺瞞が取引材料となる。そういうわけでサンバそのものはあまり得意ではないのだが、クララ・ヌネスさんだけは別格である。躍動感のみならず、人生において体験しうる全ての感情のそれぞれをメロディーに変換させた彼女の歌声は「生命」を代弁しているかのようである。

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世の中は相変わらず「自分探し」ブームで、老いも若きも本当の自分を発見しようと懸命で、到る所に置き去りにされた自己が放置されていたりする。結局は見つけたと思っていた「自分」は仮の姿で、またもや新たな「自分」を探しに行ったりするので、いつまで経っても満足できずに中途半端なままで終わってしまうのは見ていて滑稽でもあり悲惨でもある。現実を注視せずに、仮想の自分を想定している間だけがそういう人にとっては幸福なのであろう、とズークが流行した時に代表的な一枚となったKassav'の「Vini Pou」を聴きながら思う。当時はDX-7の音に面食らったものだが、今聴いても全然古くないところが良い。

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「物語」は消費されていく運命を持っていて、発信される情報を自分にフィードバックさせての疑似体験を共有することが楽しみの一つとなってきている。それは普段口にする食べ物までに及んでいて「OXさんの畑で作られた野菜」というPOP広告には安全性よりも、生産者のこだわりを物語化して想像力を享受しているといってもよかろうかと思う。
Ernesto Lecuonaといえばとにかくルンバ楽団の演奏ばかりが高名で、ピアノ演奏の腕前をラヴェルに絶賛されたとか、「ラプソディー・イン・ブルー」の楽譜をガーシュインから譲りうけたという話はあまり知られていないのだが、このCDはそんな彼の本当の姿を示している。ジャケットはいかにもといったアメコミ風でがっかりなのだが、彼の演奏がちゃんとリマスタリングされて聴けるのだから良しとする。「マラゲーニャ」も「ハバネラ」も「シボネイ」も、そして「そよ風と私」も入っているのだ。

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マス=イメージが優先していく状況下でのターゲットは「心」である。心を商品化していくという方向性の一つに、安易な「癒し」がある。簡単に癒される程度なのか、それともそれほど癒されたがっているのは当の本人しか理解らないので、その分一見複雑にも思える手法を駆使して誰もが「心に傷」を負い、「トラウマ」に悩み、「コンプレックス」に苦しむのである。故に誰もが心を病んでいる結果になる。
メレンゲはドミニカ発祥の音楽なのだが、このスタイルを一躍世界的なものにしたのがAngel Viloria y su Conjunto Típico Cibaeñoである。彼らの演奏は60年代以降のポップなメレンゲとは一線を画した温かくもほのぼのとしたムードに包まれている。復刻も進んでいて本当は全部揃えたいという欲求もあるのだが、とりあえずはコンピ盤で我慢しておくことにする。

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別に擁護するわけではないが、国土交通省関連のHPには面白いものが多い。道路然り、ダム然り。地域に密着した情報を提供しているので意外と知らなかったようなことが記されていたりする。無駄だと叫ぶ前に地元の道路整備局や河川管理事務所などを訪れてみた方がよい。見えないところに隠された真実を探すのに最適である。批判はそれから始まるのである。
「南京豆売り=El Manicero」は好きな曲の一つで、最初はペレス=プラードの「ハバナ午前3時」のヴァージョンが好きだったが、Mini All Starsのコンパのアレンジも気に入っている。しかし、何といってもこの曲はDon Azpiazu & His Havana Casino Orchestraが最高である。全体的にはちょっと甘いタイプなのだが、それがまた古いキューバらしさを感じるのである。この盤演奏はベストに近いのだが、ジャケが最悪。親分だけが生首状態なのである。

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感性を常に磨いておかなくてはならない。そのために常に新しいことに目を向けてなくてはならない。
停滞するのは簡単なことであり、その方が気楽なのかもしれないが、そこから新たなものは生まれない。うわべだけ塗り替えられてひたすら拡大再生産を繰り返すだけである。それで一人で悦に入っている様子はこっちが見ていて恥ずかしくなってくる。
ガイタはヴェネズエラの音楽の一種で、緩やかなリズムが心地よいのであるがCDを入手するとなると甚だ困難なのである。Guacoがサルサに転換して以来、これといった盤がなく、ひたすらDLで我慢してきたのだが、ようやくGran Coquivacoaというグループのアルバムを手にした。これがまたGuacoよりも素朴な感じなのである。時代を30年くらい遡ったような感がある。

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不条理音盤委員会 505 Virginia Lopez & Maria Victoria
- 2007/06/19(Tue) -
先日麗しの姫君パイクマンさんのところでメキシコのボレーロのコンピが紹介されていたので。。。。
19世紀にキューバ東部で発生したといわれているボレーロはその源流にハバネーラがあるようなのですが、キューバ本国よりもメキシコやプエルト・リコでスイートなラブ・ソングとして大流行しました。

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このVirginia Lopezさんもプエルト・リコ出身のボレーロ歌手で、活動拠点はメキシコが主だったようで、50~60年代には多くの男性歌手と並んで人気があった方らしいです。この2枚組CD「Grandes Exitos de Virginia Lopez」はAmazonではものすごい値段で中古盤が売られていますが、彼女のRCA時代のアルバムから選曲されたゆったりとしたリズムにのったしなやかで甘い歌声には速攻でKOされること間違いなしでしょう。

試聴音源はこちらから
http://www.artistdirect.com/nad/store/artist/album/0,,122284,00.html

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上のVirginia Lopezさんとほぼ同時期に活躍し、日本国内でも「メキシコの恋人」として人気を博したのがMaria Victoriaさん。こちらの「Estrellas Del Fonografo」も2万円近くで取引されているようですが、ゴージャスな雰囲気のラテンムード歌謡といった印象で、これまた美しい歌声にKOされるのは確実でしょう。

試聴音源はこちらから
http://www.artistdirect.com/nad/store/artist/album/0,,269456,00.html


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不条理音盤委員会 483 Sonia Lopez 「20 Exitos」
- 2007/03/22(Thu) -
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メキシコといえば、ソンブレロをかぶり、ギターやギタロン、バイオリン、トランペットといった楽器で陽気な音楽を奏でるマリアッチが有名なのですが、実は耳にするマリアッチの大半はアメリアッチだったりするわけで、元々本来のマリアッチにデキシーランド・ジャズのスタイルをミックスさせたのがアメリアッチというもので、そもそもこのスタイルを創りあげたのはオールナイト・ニッポンのテーマ曲でもお馴染みのハープ・アルパートさんで、彼の演奏したファンキーな感覚と豪華なブラス・サウンドは一世を風靡したのでありました。
というわけで、60年代にメキシコで女優兼歌手として活躍したSonia Lopezさんの登場になるわけなのですが、彼女はそういったマリアッチやアメリアッチとは一線を画した通俗的なラテン・ポップスを歌っていました。以前アメリカCBSからクンビアばかりを歌った編集盤が出ていましたが、こちらの編集アルバムでは賑やかなキューバン・スタイルのブラス・セクションを従えて、ちょっとしゃくりあげるようなチャーミングな歌い方でボレーロから、マンボ、サルサ、クンビアといったジャンルを問わない楽しげな歌声を披露してくれています。そもそもメキシコの都市部ではもっぱらボレーロやダンソンといったキューバ系の音楽が好まれてきたという歴史があり、かのPrez=Pradoも晩年はメキシコ・シティーに住んでいたというだけあって汎ラテン的な音楽が好まれる下地は十分あったわけで、おそらく彼女同様の歌い手は相当数いたのではないかと思われます。もっともきっちりと作りこまれたオケと比較すればSoniaさんの歌は素人丸出しで音程にも怪しげなところがあるので、聴いているとまるで場末のキャバレーか温泉場のラテン歌謡ショーのような印象すら覚えるのですが、何故か日本人にとってラテン・ムードは情熱的というよりは猥雑さや下世話さの方が先行することを思えば、いかにもといった感じのラテン・ミュージックな一枚なのです。

試聴音源はこちらから
http://www.cduniverse.com/productinfo.asp?pid=6683039&BAB=M


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不条理音盤委員会 482 Lennie Hibbert 「Creation」
- 2007/03/21(Wed) -
統一地方選挙の年なので、選挙ネタを少々。
「明るい街作り」を公約に掲げたある市会議員は、その約束通り今まで暗くて評判の悪かった舗道に街路灯を設置したために女性からの得票数が増えてみごとに再選を果たしたのですが、その彼がファーストを守っている時にレフトを守っていた片桐と言います。
というわけで、いつもよく行く喫茶店のマスターから教えてもらったのがジャマイカのヴィブラフォン奏者Lennie Hibbertさんが1969年に発表した「Creation」です。

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この方はロック・ステディ~レゲエ界では名が知られているようなのですが、レゲエの世界でヴィブラフォンを演奏するのは彼だけのようらしく、またLennieさん自身もこの「Creation」と続編の「More Creation」しかアルバムは発表していないようです(セッションには多数参加しているようですが・・・)。Skatalitesのメンバーを輩出した事でも有名なAlpha Boys Schoolの教師でもあったLennieさんなのですが、このアルバムで聴かれる音は、スカやレゲエの典型的なリズムの上を優しく響き渡るヴァイブとJackie Mittooの奏でるオルガンの音がまろやかに溶け合いながら競演しているという非常にクールな印象をうけるもので、インストながらもちろん歌心あふれるメロをふんだんに織り込みながら、トロピカル・フレイヴァーあふれる作品に仕上げています。こういった音楽はリズムのボトム感も重要なのですが、活動拠点でもあるStudio Oneの制作ということもあってしっかり骨太のリズムを感じさせてくれ、その上をヴァイブが自由闊達に飛び交うといったさまは、ついエキゾ~モンド界の巨匠Martin Dennyさんの名前が浮かんでしまいます。事実、ちょっと中華風にも聴こえるメロやアフロやマンボの借用と、ジャマイカンに限定されない発想でのインスト音楽としての旨みもまた凝縮された楽園的音楽の一枚なのであります。
試聴音源はこちらから
http://www.reggaerecord.com/jp/description.php?code=70367


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不条理音盤委員会 480 La Lyre Cayennaise  「Valses, Biguines, Mazurkas Tradition Créole Guyane」
- 2007/03/17(Sat) -
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カリブ海の古層の音楽を探求しているといろいろと面白いものが見つかって、そのリゾート気分的な開放的で明るい音楽性と並行して、そこにはアフリカやアジアからの移民の哀しい歴史というものも同時に存在していることは忘れてはならないわけで、常にそういった視点も兼備してこの方面の音楽を聴く必要はあるのだと思います。
というわけで、フランス領ギアナ(Guyane française)にはやはりクレオール系の音楽やズーク、あるいはコンパに近い音楽があって、それはまた各々のオリジナルのものとはちょっと異なった感覚の妙に渋みのある味わい深い演奏で心惹かれたりするのですが、このLa Lyre Cayennaiseはそんな中でもグァドループやマルチニークといった地域との共通性を感じます。ジャケット写真に映っている方々がメンバーだと思われますが、かなり年季の入った方々のようで、ブックレットの簡単な解説によれば、このLa Lyre Cayennaiseが結成されたのは1950年で、ギアナ地方のアフリカ色が濃い伝承曲やフォルクローレ、あるいはクレオール系の音楽を演奏し続けてきたようです。どうも彼らはプロではないようで、MalavoiやTarabの楽団のように何かの機会に集まって演奏活動をするようで、その素朴みあふれる温かい演奏が心にじんわりと染み入ってきます。バンジョー、ギター、フルート、クラリネットにパーカッションという編成に時折男女の歌がはいるという編成で奏でられる曲の数々は、ビギンだったりマズルカだったりするわけなのですが、パーカッションの入り方が妙にアフリカぽかったり、マルシャ=ビギンというスタイル?が曲に付されているようにマーチ風のリズムからビギンに変化していくもの、あるいはボレーロ・ルンバといったキューバン・スタイルの翻訳ともいえるような演奏も聴くことが出来ます。またアフリカ西部のChantに類似したヴォーカルやスークース風のギターのアルペジオといった具合にこの地域の負の歴史をそのまま音楽に転化したような事実も聴き逃せません。
明るさを感じさせるメロディーの中に一瞬感じる翳りのようなもの。それは厳しく苦しい日常生活の中で、わずかながらの光を求めていたことの反映なのかもしれません。
1999年発表のこのアルバム今では廃盤なのかもしれませんが、是非一聴をお薦めします。
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不条理音盤委員会 479 Webert Sicot 「Jet Rampa」
- 2007/03/16(Fri) -
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ころんさんから更なる突込みが入ってしまい、Nemours Jean Baptisteの名前を出してしまったら、Welbert Sicotに触れないわけにはいかないでしょう。
彼もまたハイチのサックス奏者兼作曲家で、50~60年代にはBaptisteと人気を二分したほどの実力の持ち主でした。彼もまたメランゲの不遇時代からモダン・メレンゲの流行時代を経験し、独自のスタンスを生み出そうと苦心したのですが、Bapstieがメレンゲ本来の優雅さを強調すべきアコーディオンを積極的に導入したのに対して、Sicotはホーン・セクションを全面的に打ち出すことによって新たなスタイルを創生させました。彼は自分が生み出したスタイルをCadence Rampaと名づけたのですが、Compas DirectとCadence Rampaの間にはリズム的にはさほど差が感じられないのは元々ハイチ固有のメランゲの発展形式であるという以上致し方ないと言うべきでしょう。で、このアルバムで聴かれる彼のオルケスタの演奏はBaptisteのものと比較すればかなりダイナミズムに富んでいるような気がしますが、無論それはかなりキューバン・スタイルを意識したホーン・セクションのためなのですが、コンガ奏者が二人いるという点もまた挙げられると思います。小刻みなポリ・リズムの間を縫うようにホーン・セクションが煽り立てるようなフレーズを奏でていくのですが、そういった中にもやはりエレガントな雰囲気が漂うのは二人の音楽に共通する点ではあります。Sicotも確かに人気があったようなのですが、60年代に入るとBaptisteの方が上だったようで、それを打開すべく彼はサルサのスタイルまで借用したり、「Cherry Pink and Apple Blossom White」や「My Way」といったスタンダード曲を吹き込んだ自身名義でのソロ・アルバムを発表したりといろいろと試行錯誤を繰り返したようです。
個人的にはどちらも好きなのですが、雑食性を目指したSicotよりはBaptisteの方に軍配があがると思います。

試聴音源はこちらから
http://www.deltarecord.com/cds/webert_sicot_jetrampa.htm




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不条理音盤委員会 478 Nemours Jean Baptiste 「Ti Carole」
- 2007/03/14(Wed) -
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ころんさんからコメントをもらったので聴きなおしてみる。
ハイチのサックス奏者兼作曲家のNemours Jean Baptisteの復刻アルバムである。
この人の名前はMini All Starsの「Pure Gold」を初めとするトリビュートで知っていたし、90年代にはボンバ・レコードから2in1のようなCDも出ていた筈だと思う。
ハイチの音楽といえば前述のMini All StarsやTabou Comboといったグループが有名であるが、そんな彼らの音楽の根幹を成しているCompas(あるいはCompas Direct)というスタイルを生み出したのがこのNemours Jean Baptisteである。元々ハイチではメランゲと呼ばれる優雅でエレガントなノリのスタイルの音楽が主流であったようだが、1950年代になるとドミニカのモダン・メレンゲがハイチ国内を席巻するようになった。メレンゲに人気を奪われた音楽シーンにおいて独自のスタンスを生み出そうとした流れから登場したのがコンパで、初期の頃のBaptisteのオルケスタの録音を聴くとマンボ風のキューバン・スタイルを借用しながらもメランゲ独特のゆったりとした粘り腰を感じる様な反復リズムによる演奏を聴くことができる。更にこの「Ti Carole」が録音された60年代にはトランペット2本と、アルト&テナー・サックス、アコーディオン、ウッド・ベース、パーカッションを兼ねるヴォーカルといったビッグ・バンド的な楽器編成、あるいはティンバレースやエレキギターといった楽器でのアンサンブルを展開していたようである。彼が最終的に完成させたコンパのスタイルではアコーディオンがアンサンブルの主体をなし、アクセント的にホーン・セクションが挿入されるという点、そしてハイライフやリンガラに通じるザイールのアフリカン・ポップ的なギターが特徴的であろう。
またヴォーカルの声も含めてややロマンティックでエレガントな雰囲気が漂っているのも彼のコンパの最大の魅力であると思われる。カリブ海の波を連想してしまうようなゆるやかに絡み合うリズムは一種幻惑的な雰囲気に包まれてしまう。延々続くこのリズムに身を委ねるのはアレの快感にも似ている。。。。。

試聴音源はこちらから
http://www.checkoutcds.com/music/band.php?BandID=23



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不条理音盤委員会 477 Sundar Popo 「Golden Hits」
- 2007/03/11(Sun) -
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ヴェネツィアのおっちゃんがある本の中で「黄金の国ジパング」などと書いたものだから、一攫千金を夢みる奴らが雨後の筍の如く、そのジパングなる国を目指して旅立ったりしたのだが、ジェノヴァ出身のある親方もそんな一人で、わざわざカスティーリヤの女王様に媚びてまで航海して到着した結果が悲劇の始まりというわけで、そもそも本人は自分の到達した地が最後までアジアの一部と信じて疑わなかったというアホさ加減は置いといて、そのためにこの地域が未だに西インド諸島と呼ばれているというのは歴史的な事実なのである。で、西インド諸島という名前に違わず、この地域にはインド系や中国系の移民の子孫もまた多く、特にTrinidad and Tobagoではこういった住民が人口の4割近くも数えるとあっては、当然の如くこの国の文化の担い手としても重要な役割を占めていたりもする。
というわけで、Sundar Popoさんの登場になるわけなのだが、この方はインド音楽をベースにしたポップ・ミュージックであるChutneyの創始者とされている歌手である。Trinidad and Tobagoといえば、言わずと知れたカリプソの国なのであるが、カリプソをよりアグレッシブにアレンジメントしたダンス・ミュージックがソカである一方で、インド系や中華系の住民の間ではやはりカリプソにアジア的なエッセンスをまぶしたChutneyというジャンルが人気を博している。俗にインディアン・カリプソなどと呼ばれているようであるが、ソカの跳ねるようなリズムにシタールやタブラ、ハルモニウムといったインド独特の楽器が交錯するその音は、エキゾでありトロピカルであるといった具合の極上の楽園的な音楽に仕上がっているのである。何はともあれ、スティール・パンが連打され、アフロ・パーッカションとタブラが乱れ打たれ、リンガラ・ギターがかき鳴らされる中からのんびりとした歌声のSundar Popoさんがインド歌謡風のメロディーを飄々と歌っていくこのベスト盤とその続編の2枚は、エスノ音楽好きも、ラテン音楽好きも持っていて損はない一枚であると思うのである。ま、時代的にズーク風の音を使っている雑食性もまた一興ではある。

試聴音源はこちらから
http://www.ecaroh.com/indian_music/sundarpopo_goldenhits.htm
http://www.ecaroh.com/indian_music/sundarpopo_greatesthitsvol2.htm


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不条理音盤委員会 476 Michel Godzom 「MUSIQUE DE LA MARTINIQUE」
- 2007/03/09(Fri) -
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先日はマルチニクのクラリネット奏者Alexandre Stellioさんをピック・アップしましたが、今回は同じクラリネット(時にはサックスも)奏者のMichel Godzomさんが伝統と革新を見事にミックスさせた1990年に発表したアルバムを。。。
この人の作品は以前国内盤で「マルチニークの哀愁」というタイトルのCDが発売されていましたが、そちらの方はタイトルに相応しく、ビギン魂そのままにビギンやワルツ、マズルカといったクレオール音楽をストリングの伴奏を従えてまるでブラジルのショーロの如き優雅さあふれる演奏で披露していましたが、この作品では当時流行だったズーク(というよりはKassav’)を意識したような鮮やかなシンセと共にスピード感あふれるマズルカ・クレオールやビギンを聴かせてくれます。無論本流であるゆったりとした横揺れするような感覚を忘れることなく、あくまでもクレオール音楽としての基礎を踏まえてのズーク的な解釈であろうと思われますが、それは形は違えどもKaliが表現しようとしていたマルチニクに生きる人間の根っこのようなものをMichel Godzomさんもまた求めていたためではないかと思います。
一時期ズークがブームになり、この周辺の音楽ではこぞってDX-7の煌びやかな音色を使った強烈なダンス・ミュージックが隆盛を極めたのですが、それも一過性のもので長続きせず、ズークそのものがまろやかな感触のものに変貌していったことを思えば、Kassav’の功罪は良くも悪くも大きいとしか言えないのですが、その彼ら自身「Majestik Zouk」で原点回帰を目指したのですから「Vini Pou」が世界に与えた衝撃はまさに熱病のようなものだったのでしょう。Michel Godzomさんも流行りの音を使ってみました!という程度でこのアルバムを作ったのではないかと感じるのですが、その極彩色のシンセ音の根底にはアフロ的な要素が潜んでいたり、心地よいパーッカションや女性コーラスが響くといった具合にあくまでも自身のルーツには忠実な演奏を繰り広げています。
彼の奏でるクラリネットの響きはA.Stellioさんのように野趣あふれるものではなく、かぎりなく繊細でノスタルジックなもので、どこか心の琴線に触れるものがあるのです(A.Stellioさんの音とは別次元という意味です)。



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不条理音盤委員会 473 Alexandre Stellio 「Paris – Biguine」
- 2007/03/02(Fri) -
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こういうアルバムが国内で発売されるということは大変嬉しいことです。
Alexandre Stellioはマルチニク諸島出身のクラリネット奏者兼作曲家で、俗にBiguineの父と称されていて、80年代後半から90年にかけて流行したワールド・ミュージック・ブームの折に国内でも紹介されたKALIやMalavoiのメンバー達がもっとも尊敬し、影響を受けたアーティストとされています。煙草のCMで流れていたバンジョーが印象的だったKALIの「Conversation」や「Ti Citron」を記憶している方もいると思いますが、それらの曲を作ったのがこのAlexandre Stellioなのです。彼の演奏はいくつかの編集盤で聴くことが可能でしたが、今回オルター・ポップから発売されたこの作品は1929年10月の処女録音から、1931年11月までの録音を録音順に40曲収めた2枚組で、渡仏前後のまだ洗練されていない時期の野性味あふれるクラリネットを中心としたビギンやマズルカ・クレオールの演奏が収められています。
彼の演奏していた、ビギンとは19世紀中頃にハバネーラやカドリーユといったヨーロッパ系の舞曲とアフロ=カリビアン的なリズムが融合してできたもので、そのエキゾチックな魅力のために1920年代後半のパリのダンス・ホールでは一躍大流行したようです。30年代になって彼をはじめとする幾人かのマルチニク出身のアーティストが渡仏したことによってビギンは黄金時代を迎えました。折からその頃パリに滞在していたCole Porterがその熱気に魅入られて名曲「Begin The Beguine」を作曲したというエピソードは有名ですよね?もっともPorterの曲は名前こそビギンですが、ボレーロに近いパチもんなのもまたご存知だと思いますが。。。。
とにかく、このアルバムではAlexandre Stellioと彼が率いたSon Orchestre Creoleの演奏がたっぷり楽しめますが、彼の奏でる素朴で人懐こく、時には踊るように、時には物憂げに響く美しいクラリネットの音とシンコペーションを利かせたアンサンブルは洗練されていない時期のものとはいえ、どこか品の良さのようなものを覚えます。特にピアノの伴奏をともなった曲ではそのリズムの跳ね具合はラグ・タイムに近く感じられます。初期のラグ・タイム系の有名ミュージシャンの中にもマルチニク出身者が多かったらしいので、クレオール音楽としてビギンとラグ・タイムは兄弟のようなものだったのかもしれません。そういったことを念頭にいれながら聴くとまた違った味わいも出てくると思います。
SP盤からの復刻なので音質的には厳しい部分もあるとは思いますが、そんなノイズの彼方から聴こえてくるダイナミズムというか、生命の鼓動のようなものを感じる不思議な感触のアルバムだと思います。
安らぎたい方は是非一聴してみてください。

試聴音源はこちらから
http://www.metacompany.jp/cd/alterpop/WCCD/WCCD41016.html


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不条理音盤委員会471 Guaco 「Maduro...」
- 2007/02/10(Sat) -
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ベネズエラが生んだ最強のトロピカル・アンサンブルともいえるGuacoは、彼らの出身地であるスリア地方のマラカイボ独特の伝承的な音楽であるガイタをベースとして、サルサやマンボ、メレンゲといったカリブ海のリズムを巧みに組み込み、一方ではブラス隊のみならずシンセサイザーを大胆に取り入れたりと、割と革新的な姿勢で歩んできたバンドだという気がします。彼らの伝承的なリズムに対する態度は「新しい歌運動」にあるようで、60年代半ばにベネズエラ各地のフォルクローレを採取する学生バンドとしてスタートしたGuacoの面々は、単にトラディショナルにとどまらずに異なる要素を加えることによって、都市におけるフォルクローレの再構成という意味も含んだ展開を視野に入れていたのではないかと思います。無論そういった行為には各方面から非難の対象にもなったようですが。。。。そういった小難しいことを抜きにしても、彼らの紡ぎだす絶妙なリズム・アンサンブルは爽やか&ポップ感覚に満ちていて、楽しさ満載の曲が目白押しです。L.Aフュージョンのようなシンセのイントロから、独特のミクスチャー的なリズム(コーラス部ではレゲエ風にシンセがリズムを刻んでいたりします)が展開していく「 Zapatero」、ロマンティックな曲調のラブ・ソング「Disculpame Pero Perdoname」、優雅な6/8拍子をフォルクローレ~チャランガ風にアコ・ギが奏でる「Pregunte A Carruyo」、 ゲート・エコーのようなドラム音が仰々しく響き、シンセがアンサンブルの中核を担う「La Duda」、ポリ・リズムのパーカッションが小気味よい「La Primeta Vez」、 ライナーによればベネズエラ特有の19世紀の古い様式を残すカリプソとカーニバルを再現したという、陽気なカリビアン・スタイルの「Welcome To Callao 」、サルサ的な雰囲気の「Hoy Te Quiero Cantar」、ガイタを歌う人にとって信仰の対象でもあるらしい守護聖母チニータを讃えた「Sernata」、レゲエ風のギターのカッティングとムーディーなサックスにのせて美しいコーラスを聴かせる「Con La Soga En Los Pies」、メレンゲ的に疾走感あふれる「Una Noche Cualquiera」、 やはりサルサ・タッチの転がるようなピアノに煽られる熱情的なラブ・ソング「Nuestra Locura」、煌くようなブラス・アンサンブルが素晴らしい「 Juntos En Lo Mejor」、再びマラカイボの教会に祀られているチニータを賞賛したフォルクローレ風の「 Virgen Guaquera」、対訳によれば「若妻譲りたし、新品同様、美麗物件」などとユーモラスな歌詞をとぼけた調子で歌う「Anuncios Clasificados」まで、カリブの青い空(時には激しいスコールも・・・)をそのまま連想してしまうような気持ちのよい曲が次々と流れ出てきます。とにかく彼らは殆ど例年のようにアルバムを発表するといった精力的な活動を続けているのですが(無論現役です)、最近では触手を更に伸ばし、ファンクやR&Bあるいはラップまでも導入したカリビアン・ダンス・アルバムを発表しています。ただ、個人的には最近の路線はそういった姿勢が空回りというか、ガイタ本来が持っているリズムの揺らぎ感が失われてきたような気もします。

このアルバムは残念ながら廃盤のようですが、最近の音はMy Space.comで聴けます。
http://www.myspace.com/guacovenezuela




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不条理音盤委員会 371 Señor Coconut 「Yellow Fever」
- 2006/05/29(Mon) -
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Atom Heart名義でシリアスなアンビエント・ミュージックを発表していたドイツ人Uwe Schmidtのラテン・ラウンジ・ユニットがSeñor Coconutです。以前Kraftwerkを全編カバーした大傑作アルバムを紹介しましたが、今回は彼の最新アルバムでもあるYMOのカバー集です。ラテン系のもつ華やかさとゲルマンのクールな視点を巧みに融合させたこの一枚はノスタルジーとエキゾチックな趣味を前面に打ち出しながらも、時折みせるシニカルな表情に思わず背筋に冷たいものが走るというまさに踏み絵的な一枚でしょう。坂本龍一がゲスト参加したメレンゲ仕立ての「東風」、高橋幸宏のヴォーカルが冴えるマンボにアレンジされた「Limbo」、華麗なるラテン・ジャズに生まれ変わった「Behind The Mask」、原曲のもっていたサイケデリックな要素を解体して、豪華なブラスで歌メロを奏でる「Pure Jam」、Mouse On Mars参加という割には原曲に忠実なアレンジ(というかオリジナルそのものが既にラウンジ感覚あふれていましたが。。。)が施された「Simoon」、オリジナルのファンキーさを漂白・脱色したような素っ気ないグルーブ感が楽しい「The Madmen」、NY風の猥雑なマンボに生まれ変わった「Music Plans」、脱力感を覚えること必至の「Rydeen」、オリジナルの歌詞をたどたどしい日本語で歌うことによって更にインチキ度を増したチャチャチャ・アレンジの「音楽」、かのMartin Denny氏も喜んでいるであろうエキゾチカ・ラウンジの「Firecracker」まで言うことなしのアルバムです。こういったカラフルに彩られた音の数々は都市生活の喧騒にフィットするもので、一瞬幻惑されてしまいそうな錯覚に陥ってしまいそうなのですが、各曲間に収められたインタールード的な作品がまた異世界と現実世界とを結びつける奇妙な役割をしてくれているようで、そういった真摯な姿勢と同居しているユーモアのセンスに思わず脱帽してしまうのであります。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.de/exec/obidos/ASIN/B000FA58PC/qid=1148870179/sr=1-1/ref=sr_1_11_1/028-9380777-4025325

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不条理音盤委員会 367 Zouk Machine 「Maldon」
- 2006/05/21(Sun) -
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80年代後半にカリブ海より生まれたハイブリッドなダンス・ミュージックにズークがありました。フランス領小アンティル諸島のグアドループとマルティニークから生まれたこのフレンチ・カリビアン・エッセンスあふれる音楽は折からのワールド・ミュージック・ブームに便乗してパリで爆発的にヒットし、その余波で日本でもKassav’やMalavoiといったアーティストが来日したり、多くのCDが発売されたので記憶している方も多いと思います。このZouk Machineもその流れから登場したグループで、ズーク界では初の女性コーラスグループとのことでした。1986年にChristiane Obydol, Dominique Zorobabel、Joellle Ursullの3人によって結成されたのですが、88年にJoelleがソロに転向、Jane Fostinが加入ということもありましたが、一貫して明るいタッチのズーク・サウンドで現在まで活動を続けています(もっともJaneは94年に脱退、現在はChristianeとDominiqueのデュオですが・・・・)。この「Maldon」は彼女たちがメジャー契約する前の2枚のアルバムを編集したもので、多少音はチープなのですがキュートなラテン・ポップという感じがあります。メジャー・契約1枚目でかなり派手なリミックスが施された「Maldon(Remix)」、波のように揺れるリズムが心地よい「Eskizé mwen」、ロマンティックなメロディーと囁くようなコーラスが耳に残る「Sove lanmou」、典型的なズーク・サウンドに「シャラ・ラ・ラ」コーラスを組み合わせた「An pa te sav」、中間部ではヴォコーダーを導入するという斬新的なサンバ風の「Se sa an vlé」、マリンバ風のシンセがカリプソ的なリズムを奏でる「Menm chimen la」、哀愁漂う切ない歌メロの「Ou ké rivé」、彼女達のテーマ・ソングとも言うべき弾けるようなキュートな曲をライブ録音した「Zouk machine」、エレ・ピが活躍するレゲエ風の「Sa ki ke dire」、サルサ・ロマティカにも通じるエレガントさが漂う「Lanmou soley」、アフロ・カリビアン色が濃い「Pisime zouke」、中盤で意外と思えるような泣きのギターが挿入される「Maldon(Original Mix)」までちょっと曲の出来にムラはあるのですが、アイドル・ノリで気楽に聴ける一枚になっています。


公式HPはこちらから(試聴もできます)
http://www.zoukmachine.com/

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不条理音盤委員会 83 Kaoma 「World Beat」
- 2005/05/06(Fri) -
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1989年の夏にカリブ海音楽のブームに便乗するような形で流れていた曲がKaomaの「Lambada」でした。どこかで聴いたことのある曲だと当時から思っていたのですが、実はこの曲がボリビアのフォルクローレ・グループ Los Kjarkasの「Llorando Se Fue(泣きながら)」だと気がつくには多少の時間を要したものです。あれよ、あれよという間にこの曲はヨーロッパのチャートを駆け上り、その余波で日本でも一大ブームとなったランバダだったのですが、これはジャンルではなくカリブ系やブラジル音楽のコンピレーションに例のエロチックなダンスをくっつけただけであるという極めて偽者っぽい雰囲気のものでした。異口同音のコンピが乱発される中で本家のKaomaが発表したのがこの「World Beat」というアルバムです。元々このグループはアフリカのアーティストTouré Kundaの活動休止中に暇をもてあましたバックバンドのMichel Abihssira(Drums)、Jean-Claude Bonaventure(keyboard)、グァドループ出身のギタリストJacky Arconteの3人が、やはりTouré Kundaのプロデュースやアレンジに関わっていたRoger Chyco Druの入れ知恵でブラジル人シンガーMonica NogueiraとLoalwa Bral、セネガル出身のFania Niangという 3人の女性ヴォーカルを迎えたスタジオ・セッション的なグループでした。完全に計算されたプロダクションはヨーロッパ人の目で見たエキゾティシズムという一点に集約され、カリブ海やアフリカのいろいろなリズムやサウンドをうまく取り入れた一大娯楽アルバムとなっているのです。「Lambada」で聴かれるメレンゲ伝統のアコーディオンを模したシンセ音や「Lamba Caribe」でのズークの借用、あるいは「Sindiang」でのアフリカン・リズムの効果的な使い方に見られるように、「踊れて、お洒落」というコンセプトに則った究極のやっつけ仕事的なアルバムとはいえ似非・ワールド・ミュージックと割り切って聴けば結構楽しめるアルバムであるのは確かです。高度消費社会から生まれた帝国主義・植民地主義知的音楽所有権及び音楽情報の搾取・簒奪・・・言葉を変えればこう表現できますね(笑)。



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不条理音盤委員会 45 Perez Prado
- 2005/02/26(Sat) -
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Perez Pradoといえば「マンボの王様」という称号で知られているラテン音楽界の巨匠です。たとえ名前を知らなくても「マンボNo.5」のメロディーと例の「ウッ!」という掛け声(合いの手?)は日本中の誰もが知っていると思います。父のレコード棚にはこのPerez Pradoのベスト盤のLPがありまして、幼い頃の自分は洋楽の洗礼を受ける前に実はラテン音楽に浸っていたのです。このLPには「El Mambo」「Mambo No.5」「Cerezo Rosa」「El manicero」「Tabu」といった彼が一番充実した頃の演奏が収録されていました。歯切れのよいリズムと強烈なブラスのスタッカート・・今でも彼の演奏を時々聴きたくなります。今回は一世を風靡したマンボの王様として親しまれているそんなPerez Pradoに関して・・・・

一般にPerez Pradoと知られている彼ですが、実は本名はDamaso=Perez=Pradoと言い、Perez Pradoというのは姓なのです(知ってました??)。またこれだけ著名なのに生年月日がはっきりしていません。一説では1925年生まれらしいのですが、16年や17年、あるいは22年と諸説が出ていて、彼自身正確な年月日を知らないと言われています。キューバで生まれ育った彼は幼い頃からピアノに熱中してダンスホールやキャバレーでの演奏で生計を立てていたようです。1940年代後半から彼はマンボの作品を作曲したと言われています。マンボという言葉の意味あるいは音楽の起源も諸説が入り乱れていて、Perez Pradoも活動していたキューバのナイト・クラブシーンの中から自然発生的に生まれてきたものだと言われています。しかし、そのマンボを本当に特徴ある一つの音楽にまとめあげて、世界に広めたという点で彼は「マンボの王様」なのです。
49~50年頃に吹き込まれた「El Mambo」「Mambo No.5」「Mambo No.8」等ではトランペットを中心としたブラス隊のダイナミックなアンサンブル、サックスの歯切れの良いスタッカートとブロウ、そしてポリリズムを叩き出すパーカッション類という、彼が独自に創造した新しい音楽ジャンルとしてのマンボの完成形を聴くことができます。またPerez Prado自身が弾くピアノの音もまた感覚の鋭さを感じさせます。この時点でメキシコに拠点を構えていた彼は「マンボ王」としての地位を確立することになります。


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Perez Pradoの初期のマンボは第2次世界大戦後の世界に躍動感を呼び起こすような強烈なエネルギーを持った音楽として歓迎されてきたのですが、その一方で彼自身は世相の安定化に伴って、あまり激しいリズムを持たないロマンティックな方向へスタイルを変化させていったのもまた事実です。シャンソンを原曲として映画の挿入曲にも使われた「Cereso Roza」はトランペットのソロでメロディーをはっきり歌わせていますし、「闘牛士のマンボ」でもアルト・サックスが大々的にフューチャーされています。
「Cereso Rosa」が流行していた1954年に発表されたのが「Voodoo Suite」。マンボとジャズを融合させた音作りは、彼のアフリカ系住民としてのアイデンティティの確認、及び当時のアメリカの音楽に入り込んでいたラテンとジャズが共にアフリカ起源であるというのを強く喚起させる意欲的な作品です。

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1956年に発表された「Havana,3AM」は中期の最高の名盤と言われています。
この中におさめられた「南京豆売り」では珍しくギターを取り入れたアレンジで演奏されています。どうしてもマンボというと熱帯的なイメージがつきまとうのですが、このアルバムは一言で言うとクールという印象があります。
58年には当時流行のスロー・ロックとチャチャチャのリズムを取り入れた新リズム・Rockamboを考案し、Perez Prado自身がオルガンを弾く「Patrisia」が空前の大ヒットとなります。

試聴音源はこちらから
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/B000005LD4/ref=pd_sim_music_1/104-9556302-1887924?v=glance&s=music

キューバ人であるPerez Pradoは50年代中期からハリウッドに移住します。アメリカを本拠として、次々とヒット曲を飛ばしていった彼ですが、次第に演奏スタイルが初期のラテン色濃いものから徐々にアメリカナイズされた、言うなれば軽い演奏になってきたのはまぎれもない事実です。Perez Prado自身もその点は承知していたようで自分自身のラテン系のフィーリングの確保のために1964年に活動本拠をメキシコに移しますが、既に音楽的なピークは超えていたようで、演奏そのものもラテンという色を残しつつも徐々によりインターナショナルなムード音楽の方向に変化していったようです。

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日本でよく見かける彼のベスト盤的なCDもこの時代以降の音源が大半で、音源によってはドラムやエレキ・ベースあるいはキーボードも導入されていますし、初期・中期の売り物だったブラスのスタッカートもかなり減ってきました。またオリジナル・マンボ以外にもヒット曲やスタンダードな曲をマンボにアレンジしただけの曲も目立ちます(例えば、「コンドルは飛んでいく」や「水色の恋」等も・・・)。
64年発表のメキシコ録音の「Mambo!」で幾分初期の音楽性を取り戻した彼も、その後は目立った音楽的な成果を残さずに、自身の楽団での世界巡業を繰り返し、89年に死去します。前述しましたが生年月日が不明な彼ですが、ほぼ定説になっている1916年生まれを採用すると享年72歳ということになります。

「マンボの王様」として一世を風靡したPerez Pradoなのですが、案外彼の実像は理解されていないような気もします。前述しましたが一般の方が知っているそれはあくまでも後期の彼の姿であって、本来の彼の姿は知らないのでは?とさえ思ってしまいます。例えば「Mambo No.5」にしても初期のそれはアフリカ色さえ感じさせるかなり濃厚な曲調になっているのです。駆け足ですが、彼も自分のお気に入りのミュージシャンの一人なのでちょっと思い入れしてみました。

後期の音源はこちらから
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/B00003JASE/ref=m_art_li_5/104-9556302-1887924?v=glance&s=music
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