イギリスのSF作家Arthur Charles Clarke氏が亡くなった。
享年90歳とのこと。
アーサー.C.クラーク氏といえば、ハインライン、アシモフと並ぶビッグ3と称されるSF作家で、一般的には「2001年宇宙の旅」で名前が知られていると思う。

もっとも、この作品よりもスタンリー・キューブリックの映画の方が知名度が高いのは彼にとっては一種の不幸なのかもしれない。初めてこれを読んで以来、最後の「スター・チャイルド」の意味がわからずに(映画でも同様)、長年思索を繰り返していたのだが、氏の思考の背景に仏教が存在しているということで、「宇宙的な意味をもつ輪廻」と納得したつもりでいた。もっとも、それは後年になっての「2010年」「2061年」、そして「3001年」で謎が解かれるのと同時に見事なまでに矮小化されてしまって、自分としては失望させられたものである。

氏の作品の中ではやはり「幼年期の終わり」が好きである。そこに描かれた新旧人類の断絶や地球が滅ぶ姿は、あまりにも美しくそして恐怖を伴っている。そしてそのリアルさに心を打たれるのである。

「宇宙のランデブー」もまた氏の想像力と科学的な知識を駆使したハードSF的な作品である。巨大なスペース・コロニーを舞台に知的地球外生命体の世界を提示しているわけなのだが、発表された1973という年を考えると氏の先見性に驚かざるを得ない。

「遥かなる地球の歌」はある惑星を舞台に、遠い未来の人類の姿をロマンティックな文章で綴っている。哲学的な意味も込められた壮大なファンタジーといってもよいのかもしれない。この作品のオマージュとしてMike Oldfieldが同名のアルバムを出したのは有名な事実である。


一時期SFばかり読んでいた時期があり、喜ばしいことに氏の作品はほぼ邦訳されているので大抵の作品は読んでいる。また氏の短編集に収録された作品の中には後に長編の原型となるものも含まれていて、そういうものを探す楽しみというものもあったのだ。

近年の作品では共作という形態が多く、氏の純粋なオリジナルというよりは、氏のアイデアをベースに共作者がどんどんイメージを膨らましていったかと思われ、その分従来の作品よりは人間ドラマに主眼がおかれているようなきらいもあるのだが、何にしても氏の新しい作品を読むことができないというのには一抹の寂しさを覚えてしまうのである。
合掌。
享年90歳とのこと。
アーサー.C.クラーク氏といえば、ハインライン、アシモフと並ぶビッグ3と称されるSF作家で、一般的には「2001年宇宙の旅」で名前が知られていると思う。

もっとも、この作品よりもスタンリー・キューブリックの映画の方が知名度が高いのは彼にとっては一種の不幸なのかもしれない。初めてこれを読んで以来、最後の「スター・チャイルド」の意味がわからずに(映画でも同様)、長年思索を繰り返していたのだが、氏の思考の背景に仏教が存在しているということで、「宇宙的な意味をもつ輪廻」と納得したつもりでいた。もっとも、それは後年になっての「2010年」「2061年」、そして「3001年」で謎が解かれるのと同時に見事なまでに矮小化されてしまって、自分としては失望させられたものである。

氏の作品の中ではやはり「幼年期の終わり」が好きである。そこに描かれた新旧人類の断絶や地球が滅ぶ姿は、あまりにも美しくそして恐怖を伴っている。そしてそのリアルさに心を打たれるのである。

「宇宙のランデブー」もまた氏の想像力と科学的な知識を駆使したハードSF的な作品である。巨大なスペース・コロニーを舞台に知的地球外生命体の世界を提示しているわけなのだが、発表された1973という年を考えると氏の先見性に驚かざるを得ない。

「遥かなる地球の歌」はある惑星を舞台に、遠い未来の人類の姿をロマンティックな文章で綴っている。哲学的な意味も込められた壮大なファンタジーといってもよいのかもしれない。この作品のオマージュとしてMike Oldfieldが同名のアルバムを出したのは有名な事実である。


一時期SFばかり読んでいた時期があり、喜ばしいことに氏の作品はほぼ邦訳されているので大抵の作品は読んでいる。また氏の短編集に収録された作品の中には後に長編の原型となるものも含まれていて、そういうものを探す楽しみというものもあったのだ。

近年の作品では共作という形態が多く、氏の純粋なオリジナルというよりは、氏のアイデアをベースに共作者がどんどんイメージを膨らましていったかと思われ、その分従来の作品よりは人間ドラマに主眼がおかれているようなきらいもあるのだが、何にしても氏の新しい作品を読むことができないというのには一抹の寂しさを覚えてしまうのである。
合掌。
カレー好きの片桐と言います。
先日某店で食べたのが、トマト・玉葱・マトンをピーナッツ・バターと赤唐辛子で煮込んだアフリカ風のカレー、Sauce arachideでした。これがまたインディカ種のパサパサした米によく合うので早速レシピを教えてもらって家でも作ってみることにします。
と、いうわけでお姉ちゃんとのデートの合間(大嘘)に某大型中古店で150円で投売りされていたこのCD。「インドカレー屋で流れるナゾの音楽が気になって企画した」と制作担当者がチームを結成して有名店で流れているBGMを分析したという、いわゆるインド・ポップスのコンピ盤なのですが、いかにもといった感じの曲からシンセをギンギンに使ったテクノ風までまさにインド・ポップのディープな世界を覗き見るにはうってつけのCDであります。思わずシリーズ全て買ってしまいました(笑)。





この企画でわざわざこんなサイトを立ち上げたようです(試聴も出来ます)
http://www.jvcmusic.co.jp/currybgm/
先日某店で食べたのが、トマト・玉葱・マトンをピーナッツ・バターと赤唐辛子で煮込んだアフリカ風のカレー、Sauce arachideでした。これがまたインディカ種のパサパサした米によく合うので早速レシピを教えてもらって家でも作ってみることにします。
と、いうわけでお姉ちゃんとのデートの合間(大嘘)に某大型中古店で150円で投売りされていたこのCD。「インドカレー屋で流れるナゾの音楽が気になって企画した」と制作担当者がチームを結成して有名店で流れているBGMを分析したという、いわゆるインド・ポップスのコンピ盤なのですが、いかにもといった感じの曲からシンセをギンギンに使ったテクノ風までまさにインド・ポップのディープな世界を覗き見るにはうってつけのCDであります。思わずシリーズ全て買ってしまいました(笑)。





この企画でわざわざこんなサイトを立ち上げたようです(試聴も出来ます)
http://www.jvcmusic.co.jp/currybgm/

ミニマルな音に魅入られる瞬間があったりする。
バリ島のガムランは勿論好きなのであるが、青銅製のゴングの煌びやかな音を欲する時もあれば、竹製のジュゴクやアンクルンのアンサンブルの方を好む時がある
多分にそのときの気分にもよるが、憂鬱な時に偶然聴こえてくる雨粒が滴り落ちる音は癒しにもなったりする。
そんな音を紡ぐ作曲家の中でもSteve Reichが好きである。
彼の作品の多くが人間による演奏で成立している。無論テープ・ループを使用したものもあるが、大抵は実際の演奏でテープ・ループに近いようなことをやっているのである。ある一つのフレーズを延々と繰り返していく中に、他のフレーズが絡み合い、交錯を経て徐々に複雑なものに変容していくのであるが、そこにはReichが学んできたガムラン音楽やアフリカン・パーカッションの影響を感じ取るのは容易である。音楽的な体系を借用するのみならず、このタイトル曲で使用されているマリンバやザイロフォンの音色や雰囲気もそういったものに通じるような気がする。丁寧に配列されたフレーズが飛散しながら重層化した音を次々と大気に放出するさまは美しいとしか言いようがない。
知的な音の遊びといえば、ここに収録されている「Violin Phase」がそうであろう。一人の奏者が奏でる一定のフレーズに、あらかじめ吹き込んだ違うパターンの演奏が加わっていき、テープから流れる固定化されたフレーズに、自分が弾いているフレーズを微妙に変えていきながら、様々に移り変わるフレーズ・パターーンを堪能できるというわけだ。この手法は「Drumming」や「木片のための音楽」「手拍子のための音楽」といった彼の他の作品でも楽しめる。
静かに蓄積されていくストレスを除去してくれるような音楽なのかもしれない。
一応試聴できます
http://www.amazon.co.jp/Steve-Reich-Octet-Ensemble-Violin/dp/B0000261I7

その人の口癖は「退屈だぁ〜」で、極端な時には5分に一度はその言葉を口にしていたりして、それでいて退屈を訴える割には何をするでもなく、ただボケーッとしているのが好きだというだけでも困ったものなのに、ある時なんぞは意味もなく街をブラブラ歩きながら「退屈だぁ〜」を連発し、最終的にたどりついたその人の部屋でお気に入りだというアルトゥール・ルービンシュタインのショパン・ポロネーズ集を聴きながらいつのまにか眠ってしまっているというわがまま振りを発揮されてしまったので、存在意義を半ば失いかけたこっちとしても帰るわけにもいかず、その人のレコード棚からJ.S.Bachのブランデンブルグ協奏曲集を見つけ出して聴いていたら、突如として目を覚まして「バロックって退屈だよね〜」と寝ぼけ眼で決め台詞を言われてしまったのには苦笑するかしかなかったのであるが、元々NHKで「忠実な羊飼い」2番第一楽章のテーマ曲で始まる服部幸三氏&皆川達夫氏の解説の「バロック音楽のたのしみ」という番組をほぼ毎日のように聴いていた身にとっては、古典派やロマン派よりはバロック音楽に傾倒していたのは紛れもない事実であって、その中でもA.Vivaldiが一番バロック時代では好きな作曲家になってしまい、彼の創作した膨大な数の協奏曲を全て制覇してやろうという荒唐無稽な夢すら抱いていたりもしたのだが、その人が言うには「A.Vivaldiの協奏曲ってみんな同じに聴こえるよね」という彼の愛好家にとっては禁句とも言える台詞を何気に口にされてしまって、それが当たっている以上反論できないところに何とか反撃を試みようとしたのがFrans Brüggenが指揮とブロック・フレーテ、フル-ト・トラヴェルソを奏でている18世紀オーケストラの演奏によるこの「フルート協奏曲集」であって、従来のアムステルダム版とは異なった楽譜の採用とスリリングなインター・プレーに彩られた表現力の発露によって、陰/陽のコントラストがはっきりとしたかなりバロック音楽にしては異質でポップな出来に仕上がっていると思うのではあるが、それもまたその人に言わせればNew TrollsのConcerto Grossoには勝てないと、イタリアン・プログレの名盤を比較対象にされてしまったりして、やはり年上の女は扱いにくいものだとつくづく悟ってしまった1981年の夏のある日の午後のひとコマなのであった。
その人はレア・チーズケーキが好きで、濃い目のアッサムとの組み合わせが絶品であると常々口にしていたものだが、当時いきつけの喫茶店のそれは、その人が「極上」と賞賛するだけあってまろやかな味わいと香り高い紅茶が相俟って、それこそ優雅な時間を過ごせたもので、その人が不機嫌になると即座にその店に誘って、機嫌を直すのにつとめたものである。
いつものごとく、レア・チーズケーキを頬張っていたその人は突然「E..NeubautenとNocturnal Emissionsではどっちがかっこいいと思う?」というようなことを突然訊いてきた。ノイズやインダストリアルといったジャンルが一つのムーブメントになりつつあったとはいえ、E..Neubautenは1stアルバム「Kollaps」を発表したばかりであった。

確かにメタル・パーカッションが打ち鳴らされる中にとどろく野生の咆哮にも似たBlixaの荒々しい叫びはトリートメントされているとはいえ、その原初的で破壊的な衝動は刺激的であった。しかし、既にCabaret Voltaireの洗礼を受けた身にとってはNocturnal Emissionsの方に知性のようなものを感じていた。「Tissue Of Lies」のアバンギャルドさ、「Fruiting Body」の徹底されたカット・アップ・コラージュと、単なるノイズの洪水にとどまらず縦横無尽に切り貼りされた彼らの音はまさに情報戦であり、徹底した心理戦でもあった。そして彼らの音は究極のエクペリメンタルな・ポップであり、まぎれもないダンス・ミュージックであった。
そんな彼らのライブ・アルバムはスタジオ盤以上のテンションと昂揚感が記録されている。

偶発性を優先しながら原始的な祝祭と最新のテクノロジーを組み合わせながら、Nigel AyersとCaroline Kは一心不乱に金属を叩き続け、Daniel Ayresの操作するテープ・コラージュが彩りを添えていく。ある意味で有機的、ある意味で無機質、そんな矛盾するようなベクトルを内包したパフォーマンスが続いていく。自分達の音楽を「革命のためのサウンド・トラック」と呼んでいたN.Emissionsは徐々にアブストラクトなダンス・ミュージックに比重を移していった。それはカタルシスの快感の誘引を目的としていたのであろうが、個人主義の流行とネット社会の繁栄といった面で見れば、彼らの目指していた「世界を剽窃する」といったテーゼは確実に浸透しつつある。その点でN.Ayersの戦略と選択は正しかったといえよう。
とはいえ、最近のN.Emissionnsの作品は手垢にまみれた手法の拡大再生産に過ぎず、興味を失って久しいが(それでも時々買ったりはしている)、ノイズの渦に身を委ねる快感を会話したその店も今となってはもうなく、その人と会うこともなくなってしまったので、その頃を想うと妙に懐かしかったりもする。
いつものごとく、レア・チーズケーキを頬張っていたその人は突然「E..NeubautenとNocturnal Emissionsではどっちがかっこいいと思う?」というようなことを突然訊いてきた。ノイズやインダストリアルといったジャンルが一つのムーブメントになりつつあったとはいえ、E..Neubautenは1stアルバム「Kollaps」を発表したばかりであった。

確かにメタル・パーカッションが打ち鳴らされる中にとどろく野生の咆哮にも似たBlixaの荒々しい叫びはトリートメントされているとはいえ、その原初的で破壊的な衝動は刺激的であった。しかし、既にCabaret Voltaireの洗礼を受けた身にとってはNocturnal Emissionsの方に知性のようなものを感じていた。「Tissue Of Lies」のアバンギャルドさ、「Fruiting Body」の徹底されたカット・アップ・コラージュと、単なるノイズの洪水にとどまらず縦横無尽に切り貼りされた彼らの音はまさに情報戦であり、徹底した心理戦でもあった。そして彼らの音は究極のエクペリメンタルな・ポップであり、まぎれもないダンス・ミュージックであった。
そんな彼らのライブ・アルバムはスタジオ盤以上のテンションと昂揚感が記録されている。

偶発性を優先しながら原始的な祝祭と最新のテクノロジーを組み合わせながら、Nigel AyersとCaroline Kは一心不乱に金属を叩き続け、Daniel Ayresの操作するテープ・コラージュが彩りを添えていく。ある意味で有機的、ある意味で無機質、そんな矛盾するようなベクトルを内包したパフォーマンスが続いていく。自分達の音楽を「革命のためのサウンド・トラック」と呼んでいたN.Emissionsは徐々にアブストラクトなダンス・ミュージックに比重を移していった。それはカタルシスの快感の誘引を目的としていたのであろうが、個人主義の流行とネット社会の繁栄といった面で見れば、彼らの目指していた「世界を剽窃する」といったテーゼは確実に浸透しつつある。その点でN.Ayersの戦略と選択は正しかったといえよう。
とはいえ、最近のN.Emissionnsの作品は手垢にまみれた手法の拡大再生産に過ぎず、興味を失って久しいが(それでも時々買ったりはしている)、ノイズの渦に身を委ねる快感を会話したその店も今となってはもうなく、その人と会うこともなくなってしまったので、その頃を想うと妙に懐かしかったりもする。
ゆうけいさんのTop Pageにも記してありますが。。。。
It breaks my heart to tell you all that Ian left us this morning. He slept through the night and was, to my mind, very comfortable. He was still fighting I asked him to let go and fly away...and he did.(2/22付)
From
http://www.ianrwallace.com/
謹んでご冥福をお祈りいたします。。。。。

It breaks my heart to tell you all that Ian left us this morning. He slept through the night and was, to my mind, very comfortable. He was still fighting I asked him to let go and fly away...and he did.(2/22付)
From
http://www.ianrwallace.com/
謹んでご冥福をお祈りいたします。。。。。

谷間買いの帝王と世間では名高いナゴヤハローさんに対抗すべき急遽招集されたブルガリア美女軍団を一挙大公開(爆)。
というわけでまずはIanicaさん

お次はSonia Nemska さん。髪の毛が邪魔です(笑)。

3人目はTania Boevaさん、ちょっと狙っていますね(笑)。

続いてはTatianaさん。モノクロなのが残念です(笑)。

ロック姉ちゃんのMacaさん。もう反則技です(爆)。

Magdaさんの2004年のアルバム。ジャケットが邪魔です(笑)。

Kaliさんの2000年のデビュー盤。この頃は可愛かったです。

セルビアから応援にかけつけてくれたDjoganiさん

というわけで。。。。
女性陣の皆様、
ただのエロ記事で申し訳ないっす。

お次はSonia Nemska さん。髪の毛が邪魔です(笑)。

3人目はTania Boevaさん、ちょっと狙っていますね(笑)。

続いてはTatianaさん。モノクロなのが残念です(笑)。

ロック姉ちゃんのMacaさん。もう反則技です(爆)。

Magdaさんの2004年のアルバム。ジャケットが邪魔です(笑)。

Kaliさんの2000年のデビュー盤。この頃は可愛かったです。

セルビアから応援にかけつけてくれたDjoganiさん

というわけで。。。。
女性陣の皆様、
ただのエロ記事で申し訳ないっす。
ころんさんからのリクエスト企画第1弾です。
とりあえず順不同ですが、今年一番聴いたのは実は「我が家のレコード棚より」のsmokyeeさんからいただいたRe-Mixアルバム(非売品)だったりするのです(滝汗)。
Paavoharju 「Yhä hämärää」

Sibylle Baie 「Colur Green」

Señor Coconut 「Yellow Fever」

Beth Orton 「Comfort Of Strangers」

David Gilmour 「On An island」

Fergie 「The Dutchess」

Loreena McKennitt 「An Ancient Muse」

Neko Case 「Fox Confessor Brings the Flood」

Jelena Rozga 「Oprosti mala」

Hrispa 「Posa Hrostao」

とりあえず順不同ですが、今年一番聴いたのは実は「我が家のレコード棚より」のsmokyeeさんからいただいたRe-Mixアルバム(非売品)だったりするのです(滝汗)。

Sibylle Baie 「Colur Green」

Señor Coconut 「Yellow Fever」

Beth Orton 「Comfort Of Strangers」

David Gilmour 「On An island」

Fergie 「The Dutchess」

Loreena McKennitt 「An Ancient Muse」

Neko Case 「Fox Confessor Brings the Flood」

Jelena Rozga 「Oprosti mala」

Hrispa 「Posa Hrostao」

